
先生方の事務所では、忙しくなってきたとき、最初に何を考えるでしょうか。
多くの場合、「人が足りないから業務が回らない。もう一人採用しよう」という判断になると思います。
案件が増え、資格者の予定が埋まり、処理が追いつかなくなる。
そこで求人を出すのは、ごく自然な流れです。
ただ、1人あたりの生産性が一定の水準に届いていないまま人を増やしても、利益が残りにくい体質はそのまま残ります。
人手不足の答えは、必ずしも採用とは限りません。
本記事では、採用を考える前に見ておきたい数字と、資格者に依存しない相続業務の組み方について考えてみます。
採用は、これから構造的に難しくなっていく
帝国データバンクの調査によると、従業員の退職や採用難などを原因とする「人手不足倒産」は、2025年度に441件となりました。
前年度の350件から約1.3倍に増え、3年連続で過去最多を更新しています。
また、2025年(暦年)の集計では、人手不足倒産427件のうち77.0%にあたる329件が、従業員10人未満の小規模企業でした。
組織が小さいほど、1人の退職が事業に与える影響は大きくなります。
相続を扱う士業事務所の多くも、この規模に当てはまると思います。
人材の取り合いは、士業の中だけで起きているわけではありません。
事務職やバックオフィスの人材は、業界をまたいで一般企業と同じ市場で競い合っています。
同調査でも、応募があっても賃金水準の高い他社へ人材が流れてしまう、という企業の声が紹介されています。
支援の現場で見ている限り、この傾向は中堅以下の事務所ほど、また地方の商圏ほど強く表れていると感じます。
採用の前に見るべき「1人工あたり生産性」

では、何を基準に採用を判断すればよいのでしょうか。
私が重視しているのは、相続部門の「1人工あたり生産性」です。
相続部門の年間売上 ÷ 相続部門の人工 = 1人工あたり生産性
ここでいう売上は、税抜の報酬額です。
登録免許税や立替金、預り金は含めません。
人工は、相続業務に携わる人員を常勤換算した数を指します。
他部門と兼任している職員は業務時間の配分比率で、パート職員は勤務時間で按分します。
司法書士事務所の相続業務でいえば、これまで多くの事務所の数字を見てきた中での目安として、1人工あたり生産性は年間700〜900万円程度が一般的です。
1,000万円を超えると、かなり高い水準といえます。
なお、税理士事務所の場合は相続税申告の報酬体系が大きく異なるため、この数字をそのまま当てはめるのは難しいと思います。
まずは自事務所の数字を一度出し、その推移を追うところから始めていただくのがよいと考えています。
この数字が大事なのは、人件費にかけられる余力に直結するからです。
士業事務所の労働分配率(人件費÷粗利)は、45〜50%程度が一般的です。
外注費の少ない事務所であれば売上と粗利はほぼ同じとみなせるので、仮に50%で計算すると、1人工あたり生産性が700〜900万円の事務所が1人に出せる人件費は、約350〜450万円です。
1,000万円の事務所であれば、約500万円まで出せます。
賃金水準が上がり続けるなかで、この差はそのまま採用力の差になっていきます。

相続業務は「単体の売上」だけで評価しない
ここで一つ、注意しておきたい点があります。
相続業務の生産性は、相続業務の報酬だけを見ていると、実態より低く見えがちです。
相続の相談をきっかけに、不動産の売却やそれに伴う登記、相続税申告など、次の案件が生まれることは少なくありません。
自事務所で受ける業務もあれば、提携先の専門家へおつなぎする業務もあります。
相続業務は、それ自体の売上に加えて、こうした後続案件の入口としての役割を持っています。
そのため、相続部門を評価するときは、相続業務単体の数字と、そこから生まれた案件の広がりの両方を見ておきたいところです。
単体の数字だけで「相続は割に合わない」と判断して手を引くと、後続案件の入口ごと手放すことになりかねません。
事例:相続業務だけで880万円。それでも1,000万円には届かない
実際に弊社が支援している、とある相続特化型の司法書士法人様の数字をご紹介します。
この事務所の相続部門の1人工あたり生産性は、約880万円です。
しかもこれは相続業務の報酬のみで計算した数字で、先ほどの後続案件による効果は含んでいません。
一般的な水準の上限に近く、十分に健全な経営をされている事務所だと思います。
それでも、1,000万円には届いていません。
部門全体で見ると、この差を埋めるには、年間で約1,000万円の売上の上積みか、約1人工分の工数を生み出すことが必要になる計算です。
ここでいう工数は、人を減らすという意味ではありません。
資格者や職員の時間を、より価値の高い業務に振り向けられる余力のことです。
では、ここで人を1人増やしたらどうなるでしょうか。
増やした人が880万円分の売上を生み出さない限り、1人工あたり生産性はむしろ下がります。
今の業務の組み方のまま人を足しても、この差は埋まりません。
必要なのは人数を増やすことではなく、1人あたりが生み出せる価値を引き上げる業務の組み替えです。
打ち手:資格者に依存する体制から、パートでも回る業務フローへ

相続業務を分解してみると、資格者の判断が必要な部分と、定型的な作業に分けられます。
面談での聞き取りや方針の判断、相談者への提案は資格者の領域です。
一方で、戸籍の読み込み、相続関係説明図の作成、遺産分割協議書などの書類案の作成は、手順が決まっている部分が大半を占めます。
ところが多くの事務所では、この定型作業まで資格者が抱えています。
資格者の時間が書類づくりに取られるほど、面談や提案に使える時間は減っていきます。
そこで考えたいのが、定型作業を生成AI系のツールで下書き化し、パート職員が確認・仕上げを担う形です。
たとえば面談記録の作成は、これまで1時間ほどかかっていたものが、下書きの確認と修正だけの10分程度で済むようになります。
もちろん、最終的な確認と判断は資格者が行います。
戸籍をはじめとする個人情報を扱う以上、ツールの選定やデータの取り扱いルールを先に整えておくことも欠かせません。
大事なのは、空いた資格者の時間を何に使うかです。
面談に時間をかけ、相談者の状況に応じた追加の提案ができるようになれば、1件あたりの単価が上がっていきます。
先ほどお話しした後続案件も、こうした丁寧な面談の中から生まれるものです。
工数が減ることと、単価が上がること。
この両方が効いて初めて、1人工あたり生産性は1,000万円の水準に近づいていくと考えられます。
まとめ:採用は、生産性が基準に乗ってから
人が足りないと感じたとき、まず見ておきたいのは求人媒体ではなく、自事務所の1人工あたり生産性です。
人が増えなくても業務が回る仕組みを先につくり、生産性が一定の水準に乗ってから採用する。
その順番であれば、採用は利益につながる投資になると思います。
本記事でご紹介した計算を、自事務所の数字でそのまま確認できる「業務別生産性確認シート」をご用意しました。
相続登記や遺産整理など業務ごとの売上と、職員ごとの時間配分を入力すると、業務別の1人工あたり生産性と、目標との差が自動で計算されます。
兼任の職員やパート職員の換算、間接業務の割合も、シートの中で確認できます。
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