
「システムを導入したのに、現場の仕事はほとんど変わらなかった」
これは、DXに消極的な事務所だけで起きることではありません。
むしろ、新しいツールへの関心が高く、投資判断の早い事務所ほど起きやすいことでもあります。
原因は、製品の機能やスタッフのITリテラシーよりも、導入する前に何を決めていたかにあることが少なくありません。
士業とBPOが組んだ「ツールだけで終わらないDX」
辻・本郷ITコンサルティングと株式会社ベルシステム24が、中堅・中小企業向けの経理DXアウトソーシングサービスの提供開始を発表しました。
一見すると、相続を扱う先生方の事務所とは距離のあるニュースかもしれません。
ただ、このサービスが採っている考え方は、相続部門のDXを考えるうえでも参考になります。
特徴は、SaaSを導入して終わりにせず、業務の見直しからシステム選定、実際の運用までを一体で支援する点です。
辻・本郷ITコンサルティングが、専門性を背景に経営課題の整理とシステムの選定・提案を担当します。
ベルシステム24は、長年のアウトソーシングで培った知見をもとに、属人化した業務プロセスの見直し、管理ルールの整備、専門チームによる実務運用を担います。
両社がサービス開発の背景として挙げているのは、経理業務は専門性が高く属人化しやすいため、標準的なルールがないままシステムを導入してもDXが十分に進まない、という課題です。
システムの前に、まず業務を整える。
そのうえで、システムと人の運用を組み合わせる。
この順番に、今回のニュースの示唆があると思います。
「導入したのに使われない」をITリテラシーの問題にしない
ツールが定着しないとき、原因はスタッフが使いこなせないことに求められがちです。
ただ実務では、人によって進め方が異なる業務を、そのままシステムに載せようとしているケースも少なくありません。
システムが得意なのは、決められた手順を速く、正確に繰り返すことです。
手順や判断基準が曖昧なまま導入すると、既存業務が効率化されるより先に、システムへ入力する作業だけが増えていきます。
その状態では、次第に使われなくなっても不思議ではありません。
相続業務は、とくにこの問題が起きやすい分野です。
案件ごとの個別性が高く、経験のある担当者ほど自分なりの進め方を持っています。
その進め方が言語化されないままCRMや面談管理システム、生成AIの導入だけが先行すると、ツールと手作業の二重管理になってしまうこともあります。
もちろん、相続業務のすべてを一律にすることはできません。
必要なのは、案件ごとに判断すべき部分と、どの案件にも共通する部分を切り分けることです。
標準化とは、個別対応をなくすことではなく、個別の判断が必要な場面を早く見つけられる状態にすることだと考えています。
システムより先に決めておきたい5つのこと
相続部門で最初に整えたいのは、ツールではなく業務そのものの設計です。
少なくとも、次の5点は言葉にしておきたいところです。
- 標準的な案件では、何を、どの順番で確認するのか
- どこまでをスタッフの判断で進めてよいのか
- どのような場合に有資格者へ確認を上げるのか
- 面談後に、誰がどの資料を作成するのか
- 誰が、いつ、どの手段で顧客をフォローするのか
いずれも、事務所の中では「なんとなく決まっている」ことかもしれません。
ただ、暗黙の了解のままでは、システムの設定にもスタッフ教育にも落とし込めません。
標準化の有無で、どこに差が出るか
違いが出る場所を分かりやすくするため、想定のモデルケースで考えてみます。
年間の相続案件が120件、有資格者3名、スタッフ5名の事務所を想定します。
標準化に着手する前、有資格者の関与時間が1件あたり平均9.0時間だったとすると、年間では1,080時間です。
ここで、確認項目、スタッフが判断できる範囲、有資格者へ上げる基準を整理し、スタッフとシステムへ移せる業務を切り分けたうえでツールを導入します。
関与時間が平均5.5時間になれば、年間は660時間。
差は420時間です。
一方、業務の整理をせずシステムだけを導入すると、入力や管理の手間が加わり、関与時間が1件あたり9.5時間へ増えることもあります。
同じツールを使っても、導入の順番によって結果は変わります。

※上記は、仕組みの違いを示すための想定例です。特定の事務所における実績や、同様の成果を保証するものではありません。
「標準化 → システム → 人」を一体で設計する
相続部門のDXは、次の順番で進めると整理しやすくなります。

① 業務を標準化する
まずは、標準的な案件の大半をカバーできる基本フローを1本つくります。
最初からすべての例外を網羅しようとすると、設計そのものが進みません。
完璧なマニュアルではなく、明日から現場で試せるもので十分です。
② システムに載せる
基本フローのうち、反復性が高く、専門的な判断を必要としない部分をシステムへ移します。
どのツールが適しているかを比較するのは、業務の要件が見えてからです。
③ 人の運用を組み込む
役割分担、有資格者が確認するタイミング、見るべきKPI、スタッフ教育までをセットで決めます。
ここまで設計して、標準フローとシステムが日々の業務として動きはじめます。
DXの目的は、無人化ではなく再現性
今回のサービスでアウトソーシング側の強みとして示されていたのは、人に過度に依存せず、業務の再現性を高めるノウハウでした。
無人化ではなく、再現性です。
相続の現場には、ご家族の事情を丁寧に聞き取り、状況に応じて方針を考え、安心して進められるように説明するという、人にしか担えない仕事があります。
標準化とシステム化は、そのための時間を確保する手段です。
DXによって人を減らすのではなく、有資格者や担当者が、本来向き合うべき判断と対話に時間を使えるようにする。
相続事務所のDXでは、そうした設計になっているかどうかが分かれ目になるのではないでしょうか。
おわりに
「どのSaaSを導入するか」という問いから始めると、検討の順番が入れ替わってしまいます。
先に決めたいのは、相続部門の業務フロー、役割分担、判断基準、そして日々それを回す運用です。
弊社では、相続部門の業務フロー設計から、役割分担、KPI設計、スタッフ教育、AI・システム活用までを一体で支援しています。
ツールを選ぶ前に、まず今の業務を整理したいという段階からご相談いただけます。
また、顧客フォローの標準化には「サズカルステップ」を提供しています。
単なるLINE配信ツールではなく、誰に、いつ、何を届けるかを整理し、フォロー業務そのものを仕組み化するための土台としてご活用いただけます。
参考
辻・本郷ITコンサルティング株式会社/株式会社ベルシステム24 プレスリリース: PR TIMES
