生成AI活用の差は、プロンプト力より「事務所の標準環境」で決まる

2026.09.06 13:49

事務所でAI活用を進めようとするとき、たいてい最初に考えるのは「誰に覚えてもらうか」だと思います。
研修を受けさせる、詳しい職員に社内で教えてもらう、といった方向です。

ただ、活用が定着している事務所を見ていると、力を入れている場所が少し違います。
覚えてもらう人ではなく、覚えなくても使える環境のほうです。

 

 

会計業界では、AIが「個人の道具」から「事務所の設備」に変わってきた

株式会社エフアンドエムが、2026年9月3日に会計事務所向け生成AIプラットフォームの大規模アップデートを公表しました。
名称変更とシステム基盤の刷新自体は、2026年8月17日に行われています。

同社の公表値では、2025年11月のリリースから約9か月で550事務所、3,203アカウントが導入されています。
同社が運営する会計事務所向けのAIコミュニティにも、2026年6月末時点で1,027事務所が参加しているとのことです。

アップデートの中身は、Word・Excel・PowerPoint・PDFへの出力対応、複数モデルの追加、UIの刷新と応答速度の改善などです。

ただ、ここで気になるのは機能の中身よりも、契約の単位です。
職員が個人で契約するのではなく、事務所がまとめて契約する。
この形が、数百事務所という規模まで広がってきました。

会計業界では、生成AIはもう「興味のある人が試すもの」ではなく、「事務所が用意しておくもの」に近づいています。

 

 

相続の現場は、まだ個人任せのところが多い

一方、相続に特化した事務所では、こんな話をよく伺います。

  • ある職員が、自分でAIサービスを契約して使っている
  • 若手が案内文の作成にAIを使っているらしい
  • 所長だけが、提案書のたたき台をAIでつくっている

誰かが先に試してくれているのは、悪いことではありません。
むしろ、その職員が積み上げた工夫は、事務所にとって貴重なものです。

ただ、その工夫が本人の中にとどまっている限り、速くなるのはその人の仕事だけです。
事務所全体の処理量も、成果物の品質も、そこでは変わりません。

 

 

個人任せのAI利用には、3つの弱点がある

 

 

1. 出来上がりが、指示を出す人によって変わる

同じ「初回面談の要約」でも、指示を出す人が違えば結果も違ってきます。
どこまで細かく書くか、どの論点を拾うか、文章の硬さはどうか。
そのばらつきは、最後に所長や管理者が直す時間として返ってきます。

 

 

2. 何がどこまで入力されているか分からない

誰が、どのサービスに、どこまで顧客情報を入れているのか。
事務所として把握できていない例は少なくありません。

相続業務で扱うのは、戸籍や財産、家族関係といった情報です。
使ってよいサービスと入力してよい情報の線引きがないと、その判断は職員一人ひとりに委ねられたままになります。

 

 

3. うまくいった方法が、その人と一緒に消える

試行錯誤の末にたどり着いた指示文は、たいてい本人のチャット履歴の中にしか残っていません。
その職員が異動したり退職したりすれば、そこで途切れます。

この3つは、職員のAIリテラシーの問題ではありません。
使い方を個人に任せたままにしている、事務所側の設計の話です。

 

 

効くのは「上手い数人」より「使える人数」

職員10名の相続特化事務所で考えてみます。
以下は構造を分かりやすくするための仮定で、特定の事務所の実績ではありません。

いま、生成AIを日常的に使っているのは3名。
面談記録や案内文の作成で、1人あたり月10時間ほど短くできているとします。
事務所全体では月30時間です。

この3名がさらに使い方を磨いて、1人あたり月15時間まで伸ばしたとすると、全体では月45時間になります。

一方、いまと同じ使い方のまま、10名全員ができるようになったらどうなるか。
全体では月100時間です。

上手い人をさらに上手くするより、使える人を増やすほうが、事務所への効き方は大きくなります。

もちろん、上位層のスキルを高めることにも意味はあります。
ただ、先に手をつけるべき順番としては、後者だと思います。

そして「使える人を増やす」ために必要なのは、研修を1回開くことではありません。
誰が使っても迷わない環境と手順を、事務所として用意することです。

 

 

組織として使うために、決めておきたい5つのこと

高度なシステムを入れる話ではありません。
決めていないことを決める、という作業です。

 

 

1. 使ってよい業務を決める

「AIを使ってよい業務」を先に挙げます。
要約、下書き、資料の整理など、判断の前段にある作業から始めるのが現実的です。
あわせて、使わない業務と、必ず有資格者が確認する業務も決めておきます。

禁止事項から入ると、職員は迷って結局使わなくなります。
許可することから書き出したほうが動きやすくなります。

 

 

2. 顧客情報の扱い方を決める

氏名や住所、財産額をそのまま入れてよいのか。
匿名化してから入れるのか。
どのサービスなら業務で使ってよいのか。

これを文書にしていない事務所は、実質的に判断を職員に任せていることになります。

 

 

3. 標準の指示文を用意する

「面談要約用」「必要資料の案内用」「説明資料のたたき台用」といった単位で、事務所共通の指示文をつくります。
毎回ゼロから考えなくてよくなるだけで、出来上がりはかなり揃います。

 

 

4. 誰が確認するかを決める

AIの出力は、人が確認してから使う。
これを前提にしたうえで、確認者を業務ごとに決めておきます。
作成者本人の確認で足りる業務と、有資格者の確認が要る業務を分けておくと、運用が安定します。

 

 

5. 良い使い方を共有する経路をつくる

うまくいった指示文が見つかったとき、それをどこに置いて、誰が確認して標準に加えるのか。
月に一度、朝礼で1件共有する程度で構いません。
個人が見つけたものが事務所に残る道筋があるかどうかが、分かれ目になります。

 

 

相続業務なら、判断の手前から共通化する

相続業務には、複数の職員が同じように繰り返す作業がたくさんあります。
共通化しやすいのは、たとえばこのあたりです。

  • 初回相談の内容整理と、論点の洗い出し
  • 面談記録の要約
  • お客様への必要資料の案内文
  • 顧客説明用資料のたたき台
  • 案件種別ごとのチェックリスト
  • 二次相続など、追加提案候補の抽出
  • メールやLINEの文案

どれから手をつけるかは、「頻度が高い」「型が決まっている」「間違えてもすぐには大事にならない」の3つで選ぶと決めやすくなります。

AIに任せるのは、専門的な判断そのものではなく、判断するための材料を揃えるところまでです。

税額の判断、遺産分割方針の提示、法的な可否の結論。
このあたりは、AIの出力をそのままお客様に示す対象にはなりません。
有資格者が判断するための下準備を、速く、揃った形で用意する。
その位置づけで使うのが現実的だと考えています。

 

 

標準環境を整えることは、教育と品質管理を整えること

「この業務は、この手順でAIを使い、この人が確認する」
ここまで書き出せた事務所は、AI活用以外のところでも効果が出ます。

業務手順が言葉になっているので、新人にそのまま渡せます。
確認の基準が揃っているので、成果物の品質も見やすくなります。

個人任せのAI利用は、新しい属人化を生みます。
組織として設計したAI運用は、逆に業務を言語化して、属人化をほどく方向に働きます。
同じツールを入れても、設計次第で行き先が変わるということです。

会計業界で事務所単位のAI環境が広がっている動きは、相続を扱う事務所にとっても他人事ではないと思います。
このまま個人任せを続けると、職員1人あたりの処理件数や、教育にかかる時間、採用のときの訴求力といったところに、少しずつ差が出てくると考えられます。

 

 

まずは、いまの使われ方を確認するところから

最初の一歩は、新しいツールを契約することではありません。
誰が、どの業務で、どのAIサービスを使っているのか。
まずはそこを確認します。

そのうえで、共通化しやすい業務を1つだけ選んで、標準の指示文と、入力してよい情報、確認者を決めてみる。
それだけでも、個人任せの状態からは一歩進みます。

弊社では、「相続事務所で生成AIをどこから使えばよいか」を整理するための生成AI活用レポートをご用意しています。
自事務所の現在地を確かめる材料として、お使いいただければと思います。

AI運用の設計や標準手順の整備でお悩みのことがあれば、ご相談いただけましたら幸いです。


執筆者のご案内

川崎 啓
株式会社 Samika
代表取締役 川崎 啓

東証一部上場のコンサルティング会社にて15年勤務し、士業事務所の相続・生前対策分野に特化したコンサル部隊を立上げ、累計300事務所を超える相続マーケティング、業務生産性向上の支援実績がある。

現在は株式会社 Samika(サミカ)を2024年1月に創業し、「士業」×「相続」の分野で経営コンサルティングを行っている。また、士業事務所の相続分野におけるマーケティングを支援するLINE拡張システム「サズカルステップ」を開発、提供しており、利用事務所を増やしている。

「『相続で家族、社会が強くなる』を応援する」をミッションとして、相続分野に取り組む士業事務所の経営、マーケティング、業務DX化支援を行っている。

【相続・生前対策分野に注力する士業事務所向け】
「相続業務 生成AI活用事例レポート」

収集した戸籍の文字認証(AI-OCR)、遺産分割協議書、財産目録などの自動作成を実現するシステム構築から、相続手続顧客に対する二次相続提案の自動作成まで、ChatGPTやClaudeなどの生成AIを活用した業績アップ・生産性向上に成功した士業事務所の最新事例をまとめています。

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