
10月1日から、士業事務所、特に司法書士事務所の主要取引先である不動産会社は主力の仕入れルートを一本失います。
多くの事務所はこの事実自体を知っていて、そして「登記実務には影響がない」で処理を終えています。
たしかに、先生方の申請業務は何も変わりません。
ただ、変わらないのは自分側の話です。
取引先の側では、営業の前提が一つ崩れます。
相手の前提が崩れるときは、こちらの提案が最も届くときでもあります。
紹介チャネルの開拓という観点で見れば、数年に一度の機会がいま目の前にあります。
何が変わるのか──受付帳から消える2つの項目
2025年10月10日に公布された令和7年法務省令第49号により、不動産登記規則が改正されます。
施行日は2026年10月1日です(2026年9月時点の情報です)。
変更の中身は限定的です。
不動産登記規則第56条第1項が定める受付帳の記録事項から、「登記の目的」と「不動産所在事項」が削除されます。
第158条の14第2項が定める記録事項からは、「申出の目的」と「不動産所在事項」が削除されます。
改正後に受付帳へ残るのは、申請の受付年月日と受付番号だけになります。
ここは誤解されやすいところですが、受付帳そのものが非公開になるわけではありません。
法務省は意見募集の結果公表のなかで、本改正は受付帳を情報公開の対象外とするものではない、と明記しています。
あわせて、改正後も登記事項証明書の交付を受ければ不動産の登記情報を確認できる、とも回答しています。
つまり、地番や家屋番号を指定して謄本を取る通常の物件調査には影響がありません。
消えるのは、受付帳という一覧から「どの不動産に、どんな登記があったか」を逆引きする経路です。
この一点だけが変わります。
司法書士の側から見れば、申請の実務は何も変わりません。
だからこそ、この改正は多くの事務所で「自分には関係のないニュース」として処理されます。
取引先の不動産会社に、いま何が起きているか
ここからは、相手の側から見ていきます。
受付帳を起点としたダイレクトメールは、相続の発生というタイミングを掴んで所有者へ直接届く、精度の高い仕入れ手法でした。
一覧から相続を原因とする登記のあった不動産を拾い、地番から所有者を特定し、案内を送る。
低コストで、しかも継続的に回せます。
この手法がどれだけ広く使われていたかは、開示請求の件数に表れています。
総務省行政管理局「令和6年度における行政機関情報公開法の施行の状況について」によると、同年度に全行政機関へ行われた開示請求は215,425件でした。
そのうち法務省に対するものが156,659件、さらにそのうち138,476件が不動産登記受付帳に関するものです。
国全体の情報公開請求の6割超が、この一つの帳簿に集中していた計算になります。
代替手段がないわけではありません。
ただ、精度とコストが変わります。
受付帳が使えなくなれば、営業エリアの物件を一件ずつ登記情報で確認していくことになります。
意見募集のなかでは、この方式について1筆あたり331円という単価が挙げられ、自社でリストを構築するのは現実的でないと述べられていました。
結果として、一括査定サイト、Web広告、ポスティングといった有償のチャネルに需要が寄ります。
獲得単価は上がると考えられます。
影響が大きいのは、この手法を長く主力にしてきた地場の中堅仲介・買取再販です。
広告予算や自社集客の基盤を厚く持たない会社ほど、代わりの入口を持っていません。
つまり、いま取引先の経営者の関心は「代わりの入口をどこに作るか」に移っています。
なぜ、これが事務所にとっての機会なのか
相手の課題が具体的な形をとっているとき、提案は通りやすくなります。
そして先生方の事務所は、いま相手が探している導線を、すでに持っています。
相続の相談が入り、遺産分割や名義の整理が進み、その結果として不動産が動く。
この流れは、受付帳のように制度改正で消えるものではありません。
むしろ、相続登記の申請義務化を背景に、事務所へ入ってくる入口は太くなっています。
ただ、ここで順序を間違えると通りません。
「相続の案件があったら紹介してください」という依頼は、相手にとって得のない話だからです。
取引先が探しているのは自社の仕入れを補う方法であって、案件を送る先ではありません。
順序を逆にします。
先に、相手の現場が使える材料を渡します。
相続が絡んで動きが止まっている話を、担当者が前に進められる形に整える。
整理が進めば、相続人にとっても選べる選択肢が増えます。
その過程で、事務所に相談が集まる構造ができていきます。
紹介を求めるのではなく、紹介が発生する状態を先に作る、ということです。
入口としての「勉強会」
初回訪問で案件が動くことは、ほとんどありません。
初回訪問の目的は、2回目のアポイントを取ることだと割り切ったほうが現実的です。
そのための提案として使いやすいのが、勉強会です。
「御社の営業担当者向けに、相続の勉強会をやらせてください」という申し出は、断られにくい。
相手は費用を負担せず、社員教育が進みます。
断る理由が見当たらないからです。
しかも、いまは「なぜ今なのか」を説明する必要がありません。
10月1日の改正という共通の文脈があります。
制度が変わるので、御社の営業の前提も変わります──この一言で、提案の必要性が成立します。
この文脈が使えるのは、施行前の限られた期間だけです。
持っていき方は、相手によって変えたいところです。
経営者に対しては、仕入れルートの話をします。
一本消えるチャネルの代わりに、相続を入口とした導線をどう作るか、という経営の話です。
現場の担当者に対しては、目の前で止まっている案件の話をします。
名義が亡くなった方のままで進まない、相続人の一人と連絡が取れない、といった具体的な詰まりです。
一点、注意があります。
企画も、レジュメも、配布物も、すべて自事務所で用意することです。
相手に準備を任せると、日程調整の段階で優先順位が下がります。
そもそも、用意する側でなければ内容を設計できません。

勉強会を「知識講座」にしない3つの原則
ここが、成果の分かれるところです。
原則1:制度の解説から入らない
導入は「皆さんの仕入れが一本止まります」から始めます。
制度は、なぜ今この話をしているのかという理由づけであって、主題ではありません。
法務省令の条番号を並べた瞬間に、聞き手の集中は切れます。
条文は資料の末尾に置いておけば足ります。
原則2:事例は「担当者に何が返ってきたか」まで書く
「相続でお困りのお客様を支援し、喜んでいただけました」で終わる事例は、営業担当者には届きません。
書くべきは往復の全体です。
権利関係を整理した、売却まで進んだ、担当者の成約になった。
この三つ目まで書いて、はじめて自分の話として聞かれます。
数字を添えると、さらに具体になります。
たとえば、営業担当者1人あたり、相続が絡んで話が止まったまま流れている案件が年5件あると仮定します。
そのうち2件が成約に変わり、平均成約価格を3,000万円とすると、片手の仲介手数料は1件あたり税込でおよそ105万円。
2件で年間およそ210万円が、担当者個人の成績に乗る計算になります。
(この試算は説明のためのモデルケースであり、特定の事務所や会社の実績ではありません。手数料は法定上限で計算しています。)
自分の数字に置き換わった瞬間に、聞き手の姿勢が変わります。
原則3:持ち帰れる「武器」を1枚渡す
知識だけでは現場は動きません。
翌日から使える紙を1枚、必ず用意します。
相続案件のヒアリングシートか、初回の声掛けスクリプト。
このどちらかで十分です。
ただし、作り込みすぎないことです。
想定する読み手は、相続の知識がほぼゼロの新人営業だと考えます。
「あの人でも使えるか」を基準に、項目を削っていきます。
専門家から見て物足りないくらいで、ちょうどよく回るように思います。
構成の一例として、90分に休憩10分と質疑20分を加えた120分のモデルを挙げます。
| 部 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 導入 | 制度改正で仕入れが一本止まる | 自分ごと化する |
| 基礎 | 誰が相続人になるか/戸籍の見方/遺言の優先 | 共通言語をつくる |
| 実務 | 売却までの流れと、止まりやすいポイント | どこで詰まるかを知る |
| 事例 | 担当者の成果まで含めた4〜5件 | 再現できると思ってもらう |
| お願い | 案件が来たとき、事前に確認してほしいこと | 実務の質を上げる |
一度で終わらせない設計を、最初から持っておく
単発で終わると、記憶には残りません。
最初から2回目・3回目の設計を持っておきたいところです。
具体的には、初回で全部を出し切らないことです。
遺言、生前対策、事業承継といった発展テーマは温存します。
「次回はこのテーマで」と初回の最後に置いておけば、2回目の提案は営業になりません。
次の段階は、相談会の共催です。
勉強会は社内向け、相談会は顧客向け。
取引先の顧客に対して、事務所が直接説明する場になります。
そして、一社向けに作ったテキストは、そのまま他の不動産会社にも使えます。
一度作った教材が型になり、二社目以降の負担は大きく下がります。
チャネル開拓としては、むしろここからが本番だと思います。
