相続業務をめぐる市場では、いま士業事務所の相続分野におけるメイン業務である相続手続(相続登記、遺産整理、相続税申告など)そのものの収益性を構造的に押し下げる変化が同時並行で進んでいます。
そしてその変化は士業に固有のものではなく、葬儀・金融・住宅不動産といった関連業界にも共通して訪れている構造変化です。
本記事では、この変化を業界横断のセオリーとして整理し、士業事務所として何を業務領域の中心に据え直すべきかを考えていきます。
メイン業務に押し寄せる3つの構造変化
まずは士業事務所のメイン業務、すなわち相続登記や遺産整理、相続税申告といった中核業務の周辺で何が起きているのか、3つの波として整理します。
① 顧客ニーズの細分化と中間サービスの台頭
かつての相続手続き市場は「専門家に丸ごと依頼するか、自力で行うか」という、ほぼ二択の市場でした。
これまでにも「自分でできるところは対応して難しい部分だけ専門家に任せたい」
「出来る限り費用を安くするために、自分でできるパートは対応したい」
というニーズはあったはずです。でもそれに最適なサービス提供をするプレイヤーがいなかった。
しかし近年、その中間に位置するサービス群が急速に存在感を増しています。そうぞくドットコム、Better相続、みなと相続コンシェルなど、一部の手続きをオンラインで完結させたり、低価格で部分支援を提供する事業者が、これまで士業事務所が獲得していた顧客層を着実に取り込み始めています。

② 制度変化による相続手続きの一元化・デジタル化
制度面でも、相続手続きを大きく変える動きが進んでいます。
複数の金融機関を横断して相続手続きを一元化する「みらいたすく」のような共通プラットフォーム構想が立ち上がり、デジタル遺言制度(保管証書遺言)も2026年4月に閣議決定され、制度設計が具体化してきました。
これらは利用者にとっては利便性向上ですが、士業事務所から見れば従来は事務所が担っていた手続き工程の一部が、上流のプラットフォーム側へ移っていく動きでもあります。
③ 生成AIによる業務価値の変容
そして3つ目が生成AIです。
戸籍や残高証明書のAI読み取り、遺産分割協議書案や申告書草案の自動生成といった機能は、すでに実装段階に入っています。当社が支援する一部の会計事務所では、これらの機能を実務フローに組み込み始めており、現場の反応は「驚き」よりも「これは事務所の付加価値の中心がどこにあるのかを問い直さざるを得ない」という強い危機感に近いものです。
これら3つの波は、それぞれ単独でも大きな変化ですが、同時に進行することで重なり合い、相続登記・遺産整理といった士業のメイン業務の収益性を構造的に押し下げています。
受任単価の低下、業務範囲の浸食、上流での顧客の取り込み――。
これらは今後一過性で終わる現象ではなく、定着していくと考えるのが妥当でしょう。
これは士業だけの話ではない ― 業界横断のセオリー
ここで強調しておきたいのは、こうしたメイン業務の収益性低下と、それに対する業務領域の拡張という対応は、士業に限った現象ではないということです。
成熟市場における共通の経営戦略として、すでに多くの業界で実践されています。
中心にあるのは事業者の「メイン業務」です。士業事務所であれば相続登記や遺産整理がここに該当します。そして、このメイン業務に対して2つの方向に業務領域を広げていく――それが業界横断のセオリーです。

「前」への展開 ― 顧客接点の創出
「前」への展開とは、顧客がまだメイン業務を必要としていない段階で関係を構築し、囲い込む動きです。
士業事務所であれば、生前対策・財産管理領域へのアプローチがこれにあたります。早期の接点づくり、関係構築、そして将来の相続発生時に第一想起される事務所になるための継続的な関係性の設計が中心テーマになります。
「後」への展開 ― LTV(顧客生涯価値)の向上
「後」への展開は、メイン業務が完了した後の顧客との関係を継続し、生涯にわたって価値提供を続ける動きです。
二次相続対策、不動産活用、関連士業や他業種への紹介など、相続手続き完了後にも顧客との接点を維持し、1人の顧客から得られる生涯売上を最大化していく発想です。
この「前」と「後」への業務領域拡張は、士業特有の処方箋ではありません。葬儀社、金融機関、不動産会社――どの業界でも、メイン業務の収益性が頭打ちになる成熟市場で繰り返し選ばれてきた経営戦略です。
業種別に見る「業務シフト」の実例
では、この前後展開は実際にどのような形で各業界に現れているのか。士業・葬儀社・金融機関・住宅不動産の4業種で並べてみると、その輪郭がはっきりと見えてきます。

士業 ― 相続手続きから生前・事後支援へ
メイン業務である相続手続きの「前」へは、遺言、家族信託、任意後見、死後事務委任、お一人様契約といった生前対策領域への展開が進んでいます。「後」へは、二次相続対策、不動産売却支援、関連業種への顧客紹介などが該当します。
葬儀社 ― 葬儀施行から終活・事後支援へ
葬儀社は、葬儀施行という強力な顧客接点を起点に、両側へ展開しています。
「前」へは、終活・ライフエンディングサポート、生前予約(死後事務委任契約、身元保証など)、終身サポート。「後」へは、仏壇・墓・遺品整理、そして士業や不動産会社への顧客紹介(紹介手数料モデル)が広がっています。
金融機関 ― 預金・運用から相続前後の全領域へ
金融機関は、預金・融資・運用というメイン業務の「前」に、遺言信託、家族信託、生前贈与コンサル、おひとり様相続といったメニューを並べ始めています。
「後」では、相続手続代行、信託商品の運用継続、そして相続人世代の口座をいかに維持するかが経営上の重要テーマになっています。
住宅・不動産 ― 売買仲介から相続前後の関係構築へ
住宅・不動産業界も、売買仲介・新築という単発取引から、相続前後の継続関係づくりへと軸足を移しています。
「前」へは、終活・空き家予防の相談接点、不動産オーナーとの継続的価値提供。「後」へは、相続後の売却、リフォーム、賃貸管理、関連士業との連携が展開されています。
この4業種を並べて見えてくるのは、どの業界もメイン業務の「前」と「後」へ広がっているという事実です。そして、その結果として起きているのが、業種間で取りに行く顧客層の重なりです。
「終活相談」「お一人様の生前契約」「死後事務委任」「相続後の不動産活用」
これらの領域では、士業・葬儀社・金融機関・不動産会社が同じ顧客に対して同じタイミングで接点を持とうとしているのが現在の構造です。
かつての業種間の住み分けは崩れ、競争相手であり、共創相手にもなる関係へと変化しています。
では、士業事務所はどう動くべきか
こうした構造を踏まえると、士業事務所が次に置くべき経営上の軸足は、おおむね3つに整理できます。
① 「前」の領域を、単発業務から事業の柱へ
遺言、家族信託、任意後見、死後事務委任、お一人様サポート――。これらはいずれも士業の専門性が活きる領域です。
しかし多くの事務所では、いまだに「相続業務に付随する単発の追加業務」として扱われている印象があります。これらを単発業務ではなく、生前接点を生む事業の柱として戦略的に育てる視点が、これからの差別化軸になります。
② 「後」の領域における顧客関係の継続化
相続手続きが完了したお客様との関係を、「点」から「線」へ。
LTV発想で関係を設計し、二次相続対策、不動産売却、関連士業紹介などを適切なタイミングで自然に提案できる仕組みを持つことが重要になります。多くの事務所では、相続手続き完了とともに顧客との接点が途切れてしまいがちですが、ここに大きな機会が眠っています。
③ 他業種を競争相手ではなく共創相手として捉え直す
葬儀社、金融機関、不動産会社は、顧客接点の前後で士業事務所と接続できる存在です。
「シェアを奪い合う相手」と捉えるのか、「収益機会を相互に提供し合う相手」と捉えるのか。後者の視点で連携設計を進めている事務所は、他業種との顧客フローを安定的に確保できる構造を手に入れつつあります。
メイン業務の価値を、線で届けるために
士業事務所の専門性は、依然として相続分野における中心的な価値です。
ただし、その価値を顧客に届け続けるには、相続手続といったメイン業務だけで完結する関係性では構造的に成り立たなくなっている。
「点」から「線」への顧客接点設計、LTV型の経営モデルへの移行が、今後の士業事務所の成長余地を大きく左右していくでしょう。
株式会社 Samikaでは、相続顧客との継続的な接点を仕組み化するLINEステップ配信ツール「サズカルステップ」を通じて、こうした経営モデルへの転換を支援しています。前後展開を仕組みとして根づかせていくための一つの選択肢として、ご参考いただければ幸いです。
