デジタル遺言解禁で、遺言業務を取り巻く環境に何が起きるか

2026.04.06 16:24

2026年4月3日、政府は「保管証書遺言(デジタル遺言)」の創設を柱とする民法改正案を閣議決定しましたパソコンやスマートフォンで遺言を作れる時代が、制度として正式に動き出す。その波は、遺言書作成をめぐる市場全体に及ぶことになります。

この記事では、制度変更の概要をごく簡潔に整理した上で、金融機関やデジタルサービスがどう動いてくるか、そして士業事務所にとって何が変わろうとしているのかを考察します。



制度変更のポイントをざっくり押さえる

今回の改正案の中心は、「保管証書遺言」という新しい遺言方式の創設です。
パソコンやスマートフォンで遺言の全文を作成し、そのデータを法務局に保管申請する仕組みです。
押印要件は廃止され、従来の自筆証書遺言のように全文を手書きする必要もなくなります。


保管申請の際には、法務局職員(遺言書保管官)の前で遺言の全文を声に出して読み上げる口述が必須とされており、この確認は対面またはウェブ会議(職員が認めた場合)で実施されます。
デジタルで作りやすくしつつ、公的機関の関与で本人の真意を確認する仕組みです。

成立は2026年中(通常国会〜臨時国会)、施行は法務局のインフラ整備等を踏まえると2027〜2028年頃になる見込みです。


制度の詳細はすでに多くのメディアで解説されていますので、本コラムではこれらの制度変更に伴う業界の変化見込について考察してみたいと思います。


士業事務所でセミナー・相談会が急増する。ただし、多くは一時的に終わる

制度変更を受け、遺言書作成をテーマにしたセミナーや相談会を企画する士業事務所は、確実に増えます。
「デジタル遺言とは何か」「自分はどの方式を選べばよいか」という一般の関心が高まり、セミナーの集客自体はしやすくなる時期が来るでしょう。


しかし、こうした取り組みの多くは、数回で終わる可能性が高いと見ています。


理由は明快です。セミナーや相談会は集客の入り口にはなっても、遺言書作成そのものを売上に転換する導線が設計されていない事務所がほとんどだからです。


遺言書作成の相談を受けて、自分たちで遺言書を書くことになって終了。
あるいは、遺言書を作成しても単発で終わり、継続的な関係にならない。

こうした経験を数回繰り返すと、「集客コストが回収できない」という判断になり、取り組みをやめてしまいます。


根本的な問題は、遺言書作成における事務所の価値貢献ポイントと商品設計が変わっていない点にあります。
バックエンド(収益商品)に何を置き、どこで収益化するのかという導線を作らないまま集客だけを試みても、採算は合いません。


セミナーの頻度や集客数の問題ではなく、ビジネスモデルの問題です。

この点については次回コラムで改めて詳しく論じますが、問題を指摘しておく理由があります。
次に述べる金融機関やデジタルサービスは、この「導線設計」を最初から組み込んで参入してくるからです。



銀行・信託銀行が最も積極的に動いてくる

遺言書作成の制度変更に対して、最も組織的かつ資金力を持って動いてくるのは銀行・信託銀行です。
その動機は、遺言書そのものへの関心ではなく、遺言書を入り口にした顧客資産の把握と囲い込みにあります。

銀行にとって、相続は最大のリスクのひとつです。
相続が発生した瞬間に、長年にわたって預かっていた預金が他行や証券会社、あるいは子世代の取引金融機関へ流出してしまう。
これを防ぐために、生前から顧客との関係を深め、資産流出防止に努めます。


遺言書作成の支援は、その入り口として機能します。
「遺言書を作りましょう」という提案を通じて、顧客の全財産の構成を把握し、そこから金融商品の提案、遺産整理サービスの受注、相続後の資産運用提案へとつなげていく導線が描けます。


特に信託銀行はすでに「遺言信託」サービスを持っており、遺言書の作成支援・保管・執行をワンストップで提供するビジネスモデルが確立されています。
デジタル化によって作成ハードルが下がると、このサービスをより多くの顧客層に広げやすくなります。
富裕層だけでなく、中間層への展開が加速する可能性があります。

セミナー・相談会・遺言書作成支援・執行まで、すべての導線を設計した上で参入してくる。それが銀行・信託銀行の動き方です。



大手デジタルサービスが、遺言書作成の「常識」を塗り替える

もうひとつ、見落とせない動きがあります。遺言書作成サービスのデジタル化が、一般の認知レベルから変わるという変化です。

これまでも「遺言書作成サポートサービス」をWEB上で提供する取り組みは存在していました。
しかし、その多くは中堅以下の士業事務所による個別の取り組みであり、サービスとしての完成度も認知度も限定的でした。


制度変更を契機に、ここに資金力とブランド力を持つプレイヤーが本格参入してくる可能性があります。
銀行アプリや保険会社のマイページに遺言書作成機能が組み込まれるケースや、LegalTech系スタートアップが大手と資本提携して一気に認知を広げるケースが考えられます。


こうした動きが進むと、一般の人が遺言書に対して持つイメージが変わります。
「遺言書は専門家に頼んで作るもの」から「アプリやサービスを使って自分で作るもの」へ。
この認識の変化は、士業事務所の集客環境にも直接的な影響を与えます。


ただし、制度の細部(ファイル形式・電子署名の方式・提出方法など)は今後の省令で具体化される予定であり、本格的なサービス展開は施行時期に合わせた2027〜2028年以降になる見込みです。
問題は、その時点までに士業事務所が何を準備しているかです。


「代書的な支援」へのニーズは、確実に薄れていく

ここまで見てきた変化を整理すると、ひとつのことが見えてきます。

遺言書の「書き方を教える・形式を整える・作成をサポートする」という代書的な支援へのニーズは、制度のデジタル化とともに確実に薄れていきます。その役割を、銀行のサービスやデジタルアプリが担うようになるからです。

士業事務所がこれまで遺言書作成支援で担ってきた価値の一部が、市場から切り取られていく。これは遠い話ではなく、施行時期を考えれば2〜3年以内の現実として捉える必要があります。

では、この変化の中で士業事務所が本当に担うべき役割とは何か。遺言書作成の「形式面」が商品でなくなるとしたら、何を商品にするのか。

それを次回のコラムで考えます。

http://www.samika.jp/news/post/column20260407


執筆者のご案内

川崎 啓
株式会社 Samika
代表取締役 川崎 啓

東証一部上場のコンサルティング会社にて15年勤務し、士業事務所の相続・生前対策分野に特化したコンサル部隊を立上げ、累計300事務所を超える相続マーケティング、業務生産性向上の支援実績がある。

現在は株式会社 Samika(サミカ)を2024年1月に創業し、「士業」×「相続」の分野で経営コンサルティングを行っている。また、士業事務所の相続分野におけるマーケティングを支援するLINE拡張システム「サズカルステップ」を開発、提供しており、利用事務所を増やしている。

「『相続で家族、社会が強くなる』を応援する」をミッションとして、相続分野に取り組む士業事務所の経営、マーケティング、業務DX化支援を行っている。