遺言執行の依頼が取れる士業事務所は何が違うのか

2026.04.13 12:07

① 海外では、相続は「遺言執行者(相続実行責任者)」が主導する

欧米における相続は、「遺言執行者(相続実行責任者)」が全体を主導するのが一般的です。

遺言執行者(相続実行責任者)は単なる手続き代行者ではありません。

  • 相続全体を統括する存在
  • 弁護士・会計士・不動産業者など各専門家を束ねるプロジェクトマネージャー
  • すべての手続きを完遂させる最終責任者

つまり海外では、相続は「誰がやるか」が最初から明確に決まっています。

では、日本ではどうでしょうか。

  • 誰が主導するかが曖昧なまま手続きが始まる
  • 各専門家がそれぞれ分断されたまま動く
  • 経験のない遺族が、自分でコーディネートを強いられる

この構造こそが、日本における相続トラブルの温床になっています。

司法統計によれば、遺産分割をめぐる家庭裁判所への申し立て件数は年々増加しており、その多くは「手続きの迷走」「当事者間の情報格差」「意思決定の遅延」が引き金になっています。

専門知識のない遺族が全体を仕切ろうとすれば、判断ミスや感情的対立が生まれやすい。

経験豊富な「コーディネーター」が不在のまま相続が進むことは、依頼者にとって大きなリスクです。

そしてこの構造的な問題は、そのまま士業事務所の収益構造の差にも直結しています。

 

② 相続業務に取り組む事務所が増えているのに、なぜ収益に差が出るのか

相続分野に注力する士業事務所は、ここ数年で大きく増えました。

しかし、取り組み方を聞いてみると、多くが「戸籍収集」「相続放棄」「名義変更」といった単発の手続き業務を受任するにとどまっています。

案件ごとに受任して、完了したら終わり。

それぞれの業務は確かに専門的ですが、この構造のままでは事務所の収益は案件数に比例するだけです。

件数が増えなければ収益は増えず、件数を増やそうとすると人手が必要になる。

一方で、同じ相続分野で取り組んでいても、LTV(顧客生涯価値)が明らかに高い事務所が存在します。

その差はどこから生まれているのか。

 


③ 差を生んでいるのは「相続の実行を握っているかどうか」

高収益の相続特化事務所に共通しているのは、「遺言執行者(相続実行責任者)」として案件に関与しているという点です。

単なる手続き代行者ではなく、相続全体の責任者として関与することで、次のような構造が生まれます。

  • 一つの案件から複数の業務を継続的に受任できる
  • 関係性が深まり、二次相続・生前対策へとつながりやすくなる
  • 紹介が自然に生まれる

逆に言えば、執行者のポジションを他者に取られてしまうと、自事務所は「下請け」として部分的な業務を受け取るだけになる。

これは構造的な問題であり、営業力や専門性の問題ではありません。

つまり、遺言執行者(相続実行責任者)を取るとは「案件を点ではなく線で支配する」ということです。

 

④ 相続実行責任者とは何か

本稿では「遺言執行者(相続実行責任者)」を、以下のように定義します。

 

相続全体の責任者

不動産・金融資産・動産・負債など、相続財産全体を把握し、手続きの優先順位を判断する立場です。

個別の手続きを「こなす」のではなく、「全体を設計して動かす」役割を担います。

 

各専門家を束ねる「プロジェクトマネージャー」

相続には司法書士・税理士・行政書士・不動産業者・金融機関など、複数の専門家が関与します。

相続実行責任者は、それぞれの専門家に役割を振り、進捗を管理し、依頼者に対して一元的に報告する立場です。

依頼者が「誰に何を聞けばいいかわからない」という状況をなくすのが、この役割の本質です。

 

被相続人の意思を実現する責任者

遺言書は「設計図」です。

どれだけ精緻な設計図を作っても、それを正しく実行する人間がいなければ、意思は実現されません。

相続実行責任者は、被相続人が生前に望んだ財産分配・想いの実現に責任を持ちます。

一言で言えば、遺言執行者(相続実行責任者)とはすべてを自分でやる人ではありません。すべてを「やり切らせる」責任を持つ人です。

この三つの役割を担う専門家こそが、これからの相続市場で高い価値を持つポジションです。

 


⑤ なぜ今、相続実行責任者が重要になるのか

相続実行責任者の重要性が高まっている背景には、三つの構造変化があります。

 

家族機能の低下

かつては、相続手続きを家族の誰かが中心になって進める文化がありました。

しかし現在は、核家族化・遠距離居住・家族間関係の希薄化が進み、「誰が仕切るか」すら決まらないケースが増えています。

この「仕切り役の不在」が、手続きの遅延・トラブル・感情的対立を引き起こします。

 

相続の複雑化

資産の種類は多様化し、海外資産・暗号資産・デジタル口座なども相続対象に含まれるようになりました。

法定相続人の数や関係性も複雑化しており、一つの相続案件が複数の専門領域にまたがることは珍しくありません。

全体を見渡せる責任者がいなければ、手続きは迷走します。

 

トラブルリスクの増大

遺産分割をめぐる相続トラブルは、資産規模に関係なく起きています。

相続実行責任者がいることで、感情的な対立を予防し、手続きを淡々と進めることができます。

家族だけで進めようとしたときに生じる「誰が決めるか問題」を、プロとして解決できるのです。

 


⑥ デジタル遺言が変える「書く人」と「実現する人」の分離

ここで重要なのが、デジタル遺言の普及という構造変化です。

法務省が推進するデジタル化の流れの中で、遺言書の作成・保管・検索は急速に簡便化されつつあります。

自筆証書遺言の法務局保管制度が整備され、将来的にはデジタル遺言書の法的効力が認められる方向も見えてきました。

この変化が意味することは、明確です。

「遺言書の作成」は、専門家に依頼するものから、本人がデジタルツールで自ら作るものへとシフトする。

その結果、遺言作成業務はコモディティ化し、価格競争に陥るリスクが高まります。

しかし同時に、「実行」の価値は上昇します。

なぜなら、どれだけ設計図(遺言書)が整備されても、それを正確に実行できる専門家の需要はなくならないからです。

むしろ、遺言書が増えれば増えるほど、執行を担える人材の希少性は高まります。

「書く人」と「実現する人」が分離する時代に、どちらのポジションを取るかで、事務所の将来は大きく変わります。

 


⑦ 日本の相続実務の現状と課題

現状、多くの士業事務所は相続案件において「部分業務の受任」にとどまっています。

相続税申告は税理士が行うが、不動産の名義変更は司法書士へ。

それぞれが専門領域を担当しているにもかかわらず、全体を束ねる責任者がいない。

依頼者はこの状況を「不便」と感じながらも、どこに言えばいいかわからず、手続きを自力でコーディネートしています。

また、遺言執行者として関与していないケースも多く見られます。

遺言書の作成を支援したにもかかわらず、執行者の指定を明示的に提案していないため、実際の相続が発生したときには他の事務所が関与することになる——そのような機会損失が生まれています。

 


⑧ 相続実行責任者のポジションを確立している事務所の特徴

相続実行責任者として確立している事務所には、共通した特徴があります。

 

生前からの関係構築

相続が発生してから関係を始めるのではなく、被相続人が存命のうちから継続的に関わっています。

財産管理の相談・生前贈与の設計・遺言書の作成サポートなどを通じて、「この先生に任せたい」という信頼関係を築いています。

 

実行まで見据えた提案

遺言書を作成する段階から、「執行者は誰にするか」を必ず議題に上げています。

依頼者に「私たちが執行者になることで、あなたの意思を確実に実現します」という提案を、初期段階から行っています。

 

ワンストップ体制

司法書士・税理士・行政書士・不動産業者など、必要な専門家とのネットワークを事前に構築しています。

依頼者が複数の窓口を持つ必要がなく、「相談はすべてここへ」という体制ができています。

重要なのは、すべてを自社で完結させることではありません。相続全体の主導権を握ることです。

 

全体責任を持つ意識

「自分の担当範囲だけ」という意識ではなく、「相続が完了するまで責任を持つ」というスタンスで関与しています。

これが依頼者からの信頼と、追加業務の受任につながっています。

 


⑨ 相続実行責任者のポジションを取るために、今から準備すべきこと

では、具体的に何を準備すべきか。

以下の五つの観点から整理します。

 

1. 商品設計:遺言作成と執行をセットで提供する

遺言書の作成サポートと、遺言執行者への就任をセットにしたサービスメニューを設計します。

「遺言書作成〇〇円」という単発商品ではなく、「遺言作成+執行者就任+フォロー体制」というパッケージとして提供することで、LTVを設計に組み込みます。

 

2. 提案フロー:執行者指定を前提とした説明を行う

初回面談から「遺言書を作ると同時に、執行者を誰にするかが重要です」という説明を組み込みます。

依頼者にとっては初めて聞く話でも、具体的なリスク(家族間のトラブル・手続きの遅延)とセットで説明することで、必要性を理解してもらいやすくなります。

 

3. 継続接点:定期フォロー体制の構築

遺言書を作成した後も、定期的に内容の見直しを行う仕組みを作ります。

家族構成の変化・資産内容の変化・法改正などを理由にした年次面談や定期連絡を通じて、継続的な関係を維持します。

LINEを活用した定期的な情報発信・接点維持も有効です。

 

4. ネットワーク構築:他士業・関連業種との連携

税理士・司法書士・行政書士・不動産業者・金融機関・葬儀社など、相続に関連するプレーヤーとのネットワークを事前に構築します。

相続実行責任者として依頼者を受け入れる以上、自分が担えない業務は適切な専門家に振れる体制が必須です。

このネットワーク自体が、他事務所との差別化要因になります。

 

5. 実務体制:遺産整理・執行業務の標準化

遺産整理業務のチェックリスト・進捗管理シート・依頼者報告のテンプレートなど、執行業務を標準化します。

案件ごとに「何をすべきか」を一から考えるのではなく、プロセスを定型化することで、品質の安定と業務効率の両立が可能になります。

 


⑩ 遺言執行者(相続実行責任者)を取る事務所か、下請けになる事務所か

相続市場において、今後の事務所の立ち位置は大きく二つに分かれます。

 

遺言執行者(相続実行責任者)を取る事務所

案件の最初から最後まで関与し、依頼者との長期的な関係を持ちます。

一件の相続から複数の業務を受任し、次世代への相続(二次相続)にもつながります。

口コミ・紹介が自然に生まれ、マーケティングコストが相対的に低くなります。

 

下請け事務所

案件ごとに部分的な業務を受任します。

依頼者との関係は薄く、次の案件への展開が生まれにくい。

業務単価の引き下げ圧力を受けやすく、価格競争に巻き込まれるリスクがあります。

どちらの立ち位置を選ぶかは、短期的な業務の取り組み方の話ではなく、事務所のビジネスモデルそのものの選択です。

この分岐点は、今まさに生じています。

このまま相続業務を「手続きの受任」で続けていけば、士業事務所は確実に"実行を担う側"ではなく"使われる側"に回ります。

 


⑪ まとめ:相続は「手続き」から「実行管理」へ

デジタル遺言の普及により、遺言書の作成は専門家の独占領域ではなくなっていきます。

それは、「書く仕事」の価値が下がることを意味しますが、同時に「実現する仕事」の価値が上がることでもあります。

相続実行責任者(遺言執行者)のポジションを確立した事務所は、一件の相続をきっかけに長期的な顧客関係を築き、LTVを最大化することができます。

その準備は、今日から始めることができます。

  • 遺言作成と執行をセットにした商品設計
  • 初回面談から執行者指定を提案するフロー
  • 生前からの継続的な関係構築
  • 他士業・関連業種とのネットワーク
  • 執行業務の標準化

相続分野での競争優位は、「どれだけ多くの手続きができるか」ではなく、「誰が相続全体の責任を持つか」で決まる時代になっています。

「書く仕事」から「実現する仕事」へ。

この転換を、いち早く自事務所のポジションとして確立した事務所が、これからの相続市場でLTVを最大化できます。


執筆者のご案内

川崎 啓
株式会社 Samika
代表取締役 川崎 啓

東証一部上場のコンサルティング会社にて15年勤務し、士業事務所の相続・生前対策分野に特化したコンサル部隊を立上げ、累計300事務所を超える相続マーケティング、業務生産性向上の支援実績がある。

現在は株式会社 Samika(サミカ)を2024年1月に創業し、「士業」×「相続」の分野で経営コンサルティングを行っている。また、士業事務所の相続分野におけるマーケティングを支援するLINE拡張システム「サズカルステップ」を開発、提供しており、利用事務所を増やしている。

「『相続で家族、社会が強くなる』を応援する」をミッションとして、相続分野に取り組む士業事務所の経営、マーケティング、業務DX化支援を行っている。