なぜ今、相続事務所に“顧客LTV向上”が求められるのか
相続市場は拡大を続けています。しかし、その一方で大手法人の参入やオンラインプラットフォーマーの台頭、相続手続きDXの進展により、事務所間の競争は年々激化しています。
こうした環境の中で、相続手続き(遺産承継・遺産整理・相続税申告)に注力する司法書士・行政書士・税理士事務所にとって、顧客単価の向上は避けて通れない経営課題になっています。
ただし、相続手続き自体の報酬額を引き上げることは現実的に難しいのが実情です。報酬相場はある程度決まっており、仮に数万円の値上げをしたとしても、経営全体へのインパクトは限定的です。
だからこそ必要なのは、1人の顧客からの追加提案(クロスセル)で単価を上げるという発想です。具体的には、相続登記の相談に対する遺産承継業務への提案や、相続不動産の処分支援などの追加提案に加え、相続手続き完了後の二次相続対策――遺言書作成、家族信託、死後事務委任契約、任意後見契約などの提案が、顧客LTV向上の大きな柱になります。
実際に、この二次相続提案の必要性を感じている先生方は増えてきました。私たちSamikaにも「顧客単価をもっと上げたい。二次相続の提案をどう進めたらいいか」というご相談が少しずつ寄せられるようになっています。
しかし、実際に二次相続提案で成果を出せている事務所は少ないのが現状です。取り組んでいるけれど、なかなかうまくいかない、そんな声を、数多くの事務所からお聞きしています。

“ニーズがない”のではなく、“提案の仕方”が間違っている
「二次相続の提案をしてみたが、反応がなかった」「うちの顧客層にはそもそもニーズがないのかもしれない」そう感じて、二次相続提案を諦めてしまう事務所は少なくありません。
しかし、それは非常にもったいないことです。
私たちがコンサルティングの現場で見てきた限り、二次相続提案がうまくいかない原因の多くは、提案する内容やサービスの問題ではありません。
「いつ提案するか」というタイミングの問題です。
成功している事務所とそうでない事務所の違いを分析していくと、提案のタイミングに明確な差があることが見えてきました。
二次相続提案がうまくいかない3つのパターン
パターン①「全部終わってから」提案する(遅すぎる)
最も多いのがこのパターンです。相続手続き、遺産整理業務、相続税申告などの手続きがすべて完了した後に、「次の相続に備えて遺言書を作りませんか」と提案するケースです。
一見、すべてが終わってから改めて提案するのは丁寧な対応に見えます。しかし、このタイミングでは、顧客の相続に対する「不安」はすっかり解消されてしまっています。手続きが無事に終わった安心感の中で、「次の相続」という新たな課題に向き合うモチベーションは生まれにくいのです。
結果として「必要があればまた相談しますね」という言葉で終わり、面談に繋がらないことがほとんどです。顧客としても、ようやく手続きが終わったという達成感の中で、再び専門家に相談しようという気持ちにはなりにくいものです。
パターン②「受任・契約の段階で一緒に」提案する(早すぎる)
受任や契約のタイミングで二次相続の話をするケースもあります。「せっかく来所してもらったのだから」「一度にまとめて提案したほうが効率的だ」という考えからです。
しかし、この段階の顧客は、目の前の相続手続きへの不安やもやもやで頭がいっぱいです。「まず今の手続きをどうにかしたい」という気持ちが先行している状態で、次の相続のことまで考える余裕はありません。
この段階で二次相続の話をしても、情報過多になるだけで、かえって顧客の不安を増大させてしまうリスクすらあります。
パターン③「完了書類の郵送にチラシを同封」する
相続手続き完了時に、書類一式を郵送で返送し、その中に二次相続対策の案内チラシを同封しているという事務所も少なくありません。「チラシを入れているのにリアクションがない」という相談をいただくこともあります。
率直に申し上げて、それは当然の結果です。
そもそも、手続き完了の報告を郵送で済ませている時点で、顧客との接点が途切れています。来所してもらう機会すら作っていない状況で、紙のチラシだけでリアクションを期待するのは無理があります。二次相続提案は、面談の場があってはじめて成立するものです。

ベストタイミングは「遺産分割協議書の最終確認時」
では、いつ提案すればいいのか。私たちのコンサルティング支援の中で見えてきた答えは、相続手続き・遺産整理業務の途中、遺産分割協議書が完成した際の内容共有・最終確認のタイミングです。
なぜこのタイミングが最適なのか。顧客の心理状態から考えてみましょう。
遺産分割協議書の内容確認は、相続手続きにおける「山場」のひとつです。相続財産の全容が明らかになり、誰が何を相続するかが決まる重要な局面です。この山場を越えた直後は、相続への意識がまだ十分に高い状態でありながら、目の前の大きな不安が一段落して「次」を考える心の余裕が生まれるタイミングです。
加えて、遺産分割協議書の内容確認という明確な目的があるため、来所してもらう理由が自然に作れます。「書類をご確認いただきたいので、事務所にお越しください」というご案内は、顧客にとっても違和感のないものです。
少なくとも、このタイミングで二次相続に関する話題を提示し、全ての相続手続き完了後に改めて二次相続対策について相談する面談のアポイントメントを取得することが理想的です。

成功事務所はどう実践しているか
あるコンサルティング支援先の事務所では、遺産分割協議書が完成した段階で依頼主に事務所へ来所してもらい、協議書の内容確認を行った上で、二次相続提案をワンセットで実施しています。
ポイントは、いきなり「遺言書を作りませんか」と切り出すのではない点です。まず、「なぜ今このタイミングで次の相続の話をするのか」という理由を丁寧に説明します。そして、実際に他の相談者で似たようなケースにおいて、次の相続で手続きが進まず相続人が困ってしまった事例などを紹介しながら、顧客に「自分にも起こりうること」として認識してもらいます。
この事務所では、「二次相続提案までが、当事務所の相続手続きサポートです」というスタンスを明確に打ち出しています。追加営業ではなく、サービスの一部として位置づけることで、顧客にとっても自然に受け止めやすくなります。
結果として、対象者の約60%が二次相続面談のアポイントメント取得に至り、その後、遺言書作成や遺言執行などの二次相続対策支援の依頼獲得に繋がっています。
事例②:“おせっかい”のための提案ツールを整備した事務所
別の支援先では、二次相続提案を担当者個人の営業スキルに依存させず、事務所として仕組み化するためのツール整備に取り組みました。
まず作成したのが、「おせっかい」をコンセプトにした提案アプローチブックです。遺産分割協議書の内容確認の場で使うことを前提に設計されたプレゼンテーション資料で、「本日お伝えしたいこと」として ①遺産分割協議書の内容確認 ②今後の各種相続手続きの流れ ③次の相続を見据えた対策 という3つのアジェンダを最初に提示します。
①②の説明を終えた後、「少しだけ‘おせっかい’をさせてください」と切り出すことで、営業トークではなく専門家としての助言という印象を自然に作り出しています。その上で、実際にあった相談事例(たとえば、甥姪と連絡が取れず次の相続で困ったケースなど)を紹介し、「○○さんの場合はいかがでしょうか?」と問いかける構成です。
費用面の不安に対する回答も事前に準備されており、遺言書作成と遺言執行をセットで依頼する場合に作成時の費用を抑えて執行時の報酬で調整するなど、柔軟な対応が可能であることも伝えられるようになっています。
さらに、このツールと並行して「二次相続対策 必要度チェックリスト」も整備しました。家族構成・相続関係、不動産の名義・活用状況、財産構成・相続税対策、家族間の関係性、今後の生活・介護・財産管理、承継準備(遺言・信託)といった6つのカテゴリで「該当する課題」をチェックし、各カテゴリの下に「検討すべき法的サポート」が紐づけられている構成です。
このチェックリストがあることで、顧客自身が「自分にはどんな対策が必要なのか」を視覚的に理解でき、二次相続対策が他人事ではなく「自分ごと」として捉えやすくなります。同時に、担当者にとっても提案の抜け漏れを防ぎ、一定の品質で提案を行うための実務ツールとして機能しています。
これらのツールの最大の効果は、担当者が変わっても提案品質が一定に保たれることです。二次相続提案は経験豊富なベテランにしかできないものではなく、適切なタイミングと適切なツールがあれば、事務所全体の取り組みとして標準化できるということを、この事例は示しています。

まとめ:二次相続提案を“業務フロー”に組み込むという発想
二次相続提案がうまくいかない事務所の多くは、提案を「通常業務とは別のオプション営業」として捉えています。だからこそ、タイミングを逸し、ツールも整備されず、結果的に「やってみたけどダメだった」で終わってしまいます。
成功事務所に共通しているのは、二次相続提案を「相続手続きサポートの一部」として業務フローの中に明確に位置づけていることです。遺産分割協議書の確認→二次相続の必要性の説明→チェックリストの確認→次回面談のアポ取得、という一連の流れが、業務プロセスとして設計されています。
顧客LTVの向上は、必ずしも新しいサービスを立ち上げることだけで実現するものではありません。既存の業務プロセスの中に眠っている提案機会に気づき、適切なタイミングで適切なアプローチを行う。それだけで、成果は大きく変わります。
「二次相続提案をしてみたけどうまくいかない」「ニーズがないと感じて諦めてしまった」という先生方には、まず提案のタイミングを見直してみることをおすすめします。

