
相続業務システムは、生産性を高めるために導入したはずのものです。
実際、処理速度が上がり、転記ミスが減り、担当者ごとの業務のばらつきも小さくなった。多くの事務所にとって、業務システムの導入は大きな効果をもたらしてきたと思います。
一方で最近、その業務システムが、次の生産性向上を考えるうえでの制約になっているのではないかと感じる場面が増えてきました。
「この工程は、もうこれ以上効率化しようがない」
先生方の事務所にも、そう感じている業務がひとつやふたつあるのではないでしょうか。
しかし、その「これ以上は難しい」という感覚は、案件数や人員数、担当者の能力ではなく、現在使っているシステムの仕様を前提に考えているから生まれている可能性があります。
なぜ今、この問題が見え始めたのか
これまで、業種特化型の業務システムは、多くの事務所にとって非常に合理的な選択肢でした。
「この工程はシステムでこう処理するもの」という前提を、あえて疑う必要もありませんでした。
それ以外の方法を現実的な選択肢として考えにくかった以上、現在のやり方が本当に最適なのかを比較することも難しかったからです。
ところが今、生成AIや各種自動化ツールの普及によって、既存システムの外側で業務を組み立てる選択肢が増えています。
たとえば税務申告の作成工程でも、従来は数十時間を要していた作業を、工程そのものを見直すことで数時間規模まで圧縮できた、という事例を耳にするようになりました。
単に従来の作業を少し速くするのではなく、そもそもの工程を組み替えることで、大きく時間を短縮する考え方です。
こうした生産性向上が実現すると、浮いた時間の使い方にも複数の選択肢が生まれます。
ひとつは、報酬水準を維持しながら処理件数を増やし、収益性を高める方向です。
もうひとつは、業務効率化によって価格を抑え、入口を広げたうえで、不動産売却支援などの周辺業務まで含めて収益化していく方向です。
こうした事務所が同じ商圏に現れれば、これまでの報酬水準や競争環境にも影響が出てくる可能性があります。
つまり、生産性向上は単なる「業務効率化」の問題ではなく、今後の価格戦略やサービス設計にも関わる経営課題になりつつあります。
そのなかで、これまで業務システムを基準に組み立ててきた工程についても、改めて「本当にこの形が最適なのか」を問い直す必要が出てきています。
業務フローが主で、システムが従だったはずが、いつの間にか逆転している
業務システムを導入した当初は、おそらく順番が逆だったはずです。
まず事務所の業務フローがあり、それに合うシステムを選び、必要に応じて設定を合わせていく。
業務フローが主で、システムが従。
本来は、この関係だったと思います。
ところが、同じシステムを長く使い続けていると、この関係が少しずつ逆転していきます。
業務フローを変えようとしたとき、
「そこはシステムが対応していない」
という理由で議論が止まる。
そうした経験が何度も続けば、次第に「この工程を変えられないか」という改善案そのものが出にくくなります。
結果として、業務に合わせてシステムを使うのではなく、システムを使い続けるために業務フローを維持する状態になっていきます。
もちろん、これはシステムが悪いという話ではありません。
むしろ、そのシステムを導入した時点では、当時の業務を効率よく処理するために最適化されていたはずです。
ただ、長く使い込むほど、業務手順とシステムが密接に結びつき、両者を切り離して考えることが難しくなっていく。
ここに、次の業務改善を考える際の難しさがあります。
「現場の抵抗」と捉えるだけでは、打ち手が精神論になりやすい
業務改善が進まない理由として、よく挙げられるのが「現場の抵抗」です。
「今のやり方が変わると面倒」
「新しい仕組みを入れても、入力作業が増えるだけではないか」
こうした反応は、実際によくあります。
ただ、これを単に「現場が変化を嫌がっている」と捉えてしまうと、打ち手も精神論に寄りやすくなります。
研修をする。
繰り返し説明する。
トップダウンで決めて進める。
もちろん、こうした取り組みが必要な場面もあります。
ただ、それだけではなかなか改善が定着しないケースもあります。
なぜなら、人が変化を拒んでいるというより、長年積み上げられてきた業務フローやシステムの前提が、新しいやり方を考えにくくしていることも多いからです。

業務システムが、思考に「インストール」されている
先日、ある事務所の代表から、こんな言葉を伺いました。
「業務ソフトを基本に考えるから、変わっていけないのだと思う。できる部分だけ切り出してやればいいと思うのに、スタートとゴールがずっとそのソフトだったから、それがインストールされてしまっている。そこから逃れられなくなっている」
「インストールされている」。
この表現は、今回お伝えしたいことを非常によく表していると感じました。
業務改善を考えるとき、無意識のうちに、
「今使っているシステムで何ができるか」
から考え始めてしまう。
すると、「このシステムでできる範囲」が、そのまま改善案を考える枠になります。
本来であれば、その外側にもっと効率的な方法があるかもしれません。
それでも、日々同じフローで案件を処理しているほど、そのフロー自体を疑うことは難しくなります。
改善会議を開いても、既存システムの機能改善や入力方法の変更といった比較的小さなアイデアにとどまりやすいのは、現場の意欲や能力だけの問題ではありません。
考え始める時点ですでに、前提となる枠が決まっているからです。
だからこそ、ときには既存の業務フローから少し距離を置ける部門責任者や代表が、その前提を外して考える役割を担う必要があります。
システムを使い込んでいる事務所ほど、次の改善が難しくなることがある
ここに、ひとつの逆説があります。
業務システムを十分に使いこなしている事務所は、すでに一定水準の生産性を実現しています。
一方で、そこからさらに大きく改善しようとすると、今度はシステムの仕様そのものが制約として見えてくることがあります。
これまでの最適化が、次の最適化を考える際の前提になっているということです。
実際、システムへの依存度が比較的低かった、ある相続特化型の士業事務所では、少し違った形で業務改善が進みました。
既存システムの制約を強く受けなかったため、比較的ゼロベースで工程を見直すことができたのです。
「この工程は、そもそも必要なのか」
「この書類は、システムを経由しなくても作れるのではないか」
こうした問いから業務を組み直しました。
その結果、面談シートと戸籍PDFを起点として、相続関係説明図、法定相続情報一覧図、送付状、各種申請書までをまとめて出力する仕組みを構築しました。
遺産分割協議書についても、複数あるパターンのうち7割程度を自動生成し、残りを有資格者が確認・仕上げる形にしています。
利用しているのは月額1万円程度のツールで、システム会社への開発委託は行っていません。
ここで誤解していただきたくないのは、「既存の業務システムを捨てたほうがいい」という話ではないということです。
既存システムで十分に効率化できている工程は、引き続きシステムに任せればよいと思います。
見直したいのは、システムの外側にある工程まで、「システムでできないから」という理由だけで改善の検討対象から外れていないか、という点です。
こうした構図は、士業事務所に限らず、長年同じ基幹システムを利用している組織でも起こり得ることだと思います。
業務の棚卸しを、「システムがない前提」でやり直してみる
では、何から着手すればよいのでしょうか。
新しいツールを探す前に、一度、業務そのものを棚卸ししてみることをおすすめします。
私たちが実際に業務改善を考える際には、次の4つのステップで整理しています。
ステップ1:システムの存在をいったん忘れる
最初に、
「このシステムでどうやるか」
という発想を、いったん脇に置きます。
会議中は、現在使っているシステム名をなるべく出さないくらいでもよいと思います。
長年使ってきたシステムほど、無意識の前提になっています。
まずはその前提から離れ、純粋に「この業務はどうすれば最もシンプルになるか」を考えられる状態をつくります。
ステップ2:業務内容と手順をすべて書き出す
たとえば相続登記業務であれば、受任から完了までの業務を15〜20程度の工程に分解します。
「誰が」
「何を」
「どこから情報を取得して」
「何を作っているのか」
という粒度で整理します。
この段階では、その工程が必要かどうか、効率的かどうかは判断しません。
まずは現在行っている業務を抜け漏れなく可視化することを優先します。
ステップ3:フラットに再構築する
工程が出揃ったら、大きく3つに分けます。
- 人が担うべき工程(判断・折衝・確認など)
- すでに業務システムで十分に効率化できている工程
- 人が行う必要性が低い工程(転記・コピー&ペースト・定型書式への流し込みなど)
3つ目が、自動化を検討しやすい領域です。
ここで初めて、現在利用しているシステムをもう一度視界に戻します。
「ここは既存システムで十分」
「ここはシステムの外側で仕組みをつくったほうがよい」
と切り分けていきます。
最初からシステムを前提にすると、結局また「今のシステムでできること」の範囲に議論が戻りやすくなります。
この順番が重要です。
ステップ4:小さくつくり、効果を実感する
最初からすべての工程を置き換える必要はありません。
むしろ、一度に変えようとすると、プロジェクトが大きくなりすぎて進みにくくなります。
まずは、一工程だけで十分です。
たとえば、年間120件の相続案件を扱う事務所があるとします。
1件あたり40分ほどかかっていた転記や定型書式への流し込み作業を、5分まで短縮できたと仮定します。
1件あたり35分。
年間では約70時間の削減です。
もちろん、これはあくまでモデルケースとしての試算です。
ただ、一つひとつは小さく見える作業でも、年間の案件数を掛け合わせると、決して小さくない時間になることが分かります。
そして、もうひとつ重要なのが現場の反応です。
一度でも、
「この作業がこんなに楽になるのか」
という体験が生まれると、
「だったら、あの工程も変えられないか」
という改善案が出やすくなります。
最初から現場に多くの改善アイデアを求めるよりも、まずひとつ成果を見せる。
そのほうが、次の改善につながりやすいと感じています。
大切なのは、ツールを選ぶ前に業務を見ること
業務改善に対する不安のなかには、「本当に楽になるのか分からない」という不安も含まれていると思います。
だからこそ、最初から大きな仕組みをつくるのではなく、小さな改善で効果を実感してもらうことが重要です。
そして、そのさらに前にあるのが業務の棚卸しです。
業務の棚卸しをせずにツール選定から始めると、議論が、
「今のシステムから、どのパッケージに乗り換えるか」
という比較に終始してしまうことがあります。
それでは、システムは変わっても、業務を考える枠そのものは大きく変わりません。
既存システムを疑う必要はありません。
ただ、一度だけシステムを視界から外して、業務そのものを眺めてみる。
「今のシステムで何ができるか」ではなく、「本来、この業務はどうあるべきか」から考えてみる。
それだけでも、これまで見えていなかった改善の余地が見つかるかもしれません。
弊社では、相続分野に注力する士業事務所様を対象に、業務の棚卸しから工程の再設計、自動化・内製化までをご支援しています。
「どの業務から見直せばよいか分からない」という段階でも構いません。
まずは現在の業務フローを一緒に整理するところから、お気軽にご相談ください。
