提携契約を結んでも、勉強会を開いても案件が来ない理由

2026.08.19 23:41

提携契約を締結した。
勉強会も実施した。
担当者とも顔なじみになった。
それでも案件が来ない。

このとき生まれるのが「これだけやっているのに」という感覚です。
ただ、この感覚こそが、状況を停滞させている面があるのではないかと思います。

不動産会社、葬儀社、介護事業者、金融機関、保険代理店。
相続・生前対策の分野で提携先候補になるのは、いずれも自社の顧客を抱えている事業者です。
その顧客の相続相談を誰に渡すかは、相手にとって業務上の判断であって、好意で決まるものではありません。

 

 

見落とされやすいのは「新しい依頼先を使い始めるコスト」

紹介がなかなか動かないというご相談を伺っていると、抜け落ちている観点が共通しています。
相手が新しい依頼先を使い始めるときに負担する、手間とリスクという観点です。


紹介元の担当者には、すでに付き合いのある士業事務所があることがほとんどです。
そことのやり取りは、時間をかけて確立されています。
誰に何を伝えれば話が通るか分かっている。
どの書類をいつまでに用意すればよいかも分かっている。
多少の例外が出ても、これまでの経緯を共有しているので短いやり取りで済む。
日々の業務としての負担が、きわめて小さい状態です。


ここに新しい依頼先が加わると、何が起きるか。
連絡の取り方を一から確認することになります。
進め方の前提が違えば、そのすり合わせも発生します。
最初の数件は、確認作業がどうしても増えます。
社内で「なぜこの事務所に頼むのか」を説明する必要も出てきます。
そして何より、自社の顧客を渡す以上、本当に安心して任せられる相手かどうかを見極めなければなりません。


ここで大切なのは、このコストは既存先を切り替える場合だけに発生するものではない、ということです。
既存先はそのままに、2社目・3社目の依頼先として追加するだけでも、同じ負担が生じます。
先生方が期待している「一度お試しでお願いします」は、相手から見れば新しい取引先を一社増やす判断なのです。

 

 

相手が新しい依頼先を使い始めるのは、大きく分けて2つの場合

この負担を引き受けてでも新しい依頼先を使ってみようと相手が考えるのは、大きく分けて次のどちらかが成立しているときだと思います。

ひとつは、いまの依頼先で満たされていない部分があること。
対応が追いつかない、断られる領域がある、顧客からの評価が芳しくない、といった状態です。


もうひとつは、新しく組むことに明確な利点があること。
自社の売上や顧客対応が、目に見えて良くなる見込みがあるという状態です。

どちらも成立していなければ、相手が動く理由は乏しくなります。
不満がなく、新しい相手に飛び抜けた利点も見当たらないのであれば、現状を続けるのが相手にとって合理的な判断だからです。


ここが抜けたまま営業を続けると、訪問回数や資料の完成度に原因を求めてしまいます。
しかし多くの場合、問題はそこではありません。
相手が引き受ける手間とリスクを上回るだけの理由を、まだ渡せていないという構造の問題です。

 

 

負担の大きさを、数字で置いてみる

モデルケースとして考えてみます。
不動産会社の担当者が、新しい士業事務所に相続案件を初めて渡す場合を想定します。
初回の顔合わせと進め方のすり合わせに2時間。
最初の3件は勝手が分からず、1件あたり1時間ほど余計なやり取りが発生する。
加えて、社内での説明と稟議に2時間。
これだけで、初期に7時間前後の追加負担が乗る計算になります。


これは実在企業の実測ではなく、想定に基づく試算です。
ただ、担当者が体感しているのは、おおむねこの規模感ではないかと思います。
そう考えると、前向きな返事をもらったのに話が進まない理由も見えてきます。

 

 

相手に渡せる価値は、実務上は大きく3つに整理できる

では、その負担を上回る理由をどうつくるか。
提携営業で相手に渡せる価値は、実務上は大きく3つに整理できると思います。

相続分野の士業事務所は、この3つすべてに手が届く立場にあります。


①でいえば、依頼者の相続手続きの過程では、不動産の売却、保険の見直し、施設の検討といった課題が必ず出てきます。
これらは、提携先の本業そのものです。


②でいえば、相手の担当者は日々の業務の中で相続の相談を受けています。
不動産会社であれば売却相談の背景に、金融機関であれば口座名義の相談の背景に、必ず相続の論点があります。
そこに答えられる相手がいるかどうかは、担当者と顧客との関係の深さに直結します。


③でいえば、相続案件は必要書類が多く、相続人が複数いれば連絡調整も煩雑になります。
その部分を引き取ることは、相手にとって実務上の負担軽減そのものです。

大事なのは、「自分たちが何をしたか」ではなく、「相手の事業や顧客対応に何が変わるのか」で価値を考えることだと思います。

 

 

これまでの取り組みは、この3つの何を満たしていたか

ここで、ご自身の施策を当てはめてみていただきたいと思います。

 

 

業務提携契約の締結

3つのいずれも、直接には満たしていません。
提携契約は、依頼先の候補に入る資格を得たものであり、それ自体が相手の売上や顧客対応を変えるわけではありません。
契約締結をゴールに置いていると、ここで安心して手が止まってしまいます。

 

 

勉強会・セミナーの開催

勉強会そのものには、明確な価値があります。
相続の知識が増えれば、担当者は顧客との会話で相続の話題を扱えるようになります。
これは②に近い効果ですし、その場で出てくる質問から相手の課題が見え、次の提案につながることもあります。

ただ、勉強会を開催したことと、相手が新しい依頼先を使い始めるだけの理由を渡したことは、同じではありません。
勉強会は信頼を築き、課題を発見し、提案の機会をつくるための重要な接点です。
そのうえで、そこで得た情報をもとに次の一手を設計して初めて、案件につながっていくのだと思います。
開催そのものが到達点ではない、ということです。

 

 

懇親の場

関係は良くなりますが、それは個人の好意であって、業務上の判断を動かすには十分でないことが多いように思います。
その場では前向きな言葉が出やすいのに、後日行動が変わらないのはこのためです。

 

 

丁寧な説明、資料の充実、対応の速さのアピール

③の可能性を示していますが、まだ実感はされていません。
相手は依頼していないのですから、速さも丁寧さも体験していない。
体験していないものは、判断材料になりにくいのです。

こうして並べてみると、いずれも相手の負担を上回る理由としては、まだ弱いことが分かります。

 

 

営業の最初の目標は、契約ではなく「1件任せてもらうこと」

ここが、この記事で最もお伝えしたい点です。

すでに依頼先がある相手から、いきなり全量を任せてもらうことはできません。
狙うべきは、シェアの一部です。
言い換えれば、相手が最も試しやすい入口を探すということになります。

現実的な切り口はいくつかあります。


既存の依頼先が対応しきれていない領域から入る方法があります。
急ぎの案件、遠隔地の案件、他分野が絡む案件、手間がかかり敬遠されがちな案件などです。
この場合、相手にとっては既存の関係を変える話ではなくなりますから、社内説明の負担も小さくなります。

業務の一部だけを引き受ける方法もあります。
相続手続き全体ではなく、相続人調査だけ、不動産の名義変更だけ、といった形です。
任せる範囲が限られていれば、判断のハードルは下がります。


繁忙期にあふれた分だけを受ける、という入り方もあります。
既存先を否定せずに済むため、相手にとって最も抵抗が小さい形のひとつです。

そして、組織全体ではなく担当者単位で広げる方法があります。
一人の担当者との間で成功体験をつくり、その方から社内に横展開してもらう流れです。


いずれの場合も、最初の目標は提携契約を結ぶことではなく、まず1件任せてもらうことだと考えたほうが、営業の設計はしやすくなると思います。

そのうえで最も重要なのが、最初の1件で明確な違いを体験してもらうことです。
一次回答の速さ。
途中経過の連絡の頻度。
相手が顧客に説明しなくて済むよう、進捗を整理して渡すこと。
相手が同じ説明を繰り返さなくて済む状態をつくること。


2件目が来るかどうかは、この1件の体験でほぼ決まります。
逆にいえば、1件目を丁寧に設計できていれば、そこから先は説明ではなく実績が営業をしてくれることになります。

 

 

それでも動かない相手をどう見るか

一定期間これらを実行しても、反応が薄い相手はいます。

判断材料になるのは、相手にとって明確に有利なものを渡したときの反応です。
相手の本業に直結する案件を持ち込んだにもかかわらず、検討された形跡がない。
このとき考えるべきは、相手の姿勢の評価ではなく、自事務所の営業リソースの配分です。


営業に使える時間は有限です。
反応の薄い相手に投下し続けることは、動く可能性の高い提携候補への投下を先送りすることと同じ意味を持ちます。
優先順位を下げるための十分な判断材料になる、という経営判断の話として受け止めるのが現実的だと思います。

 

 

確認すべきは、投下した量ではない

「これだけやったのに」という感覚が生まれたとき、振り返るべきは投下した量ではないと思います。

相手が新しい依頼先を使い始めるときの負担を、正しく見積もれていたか。
そのうえで、相手の売上、顧客への提供価値、手間とリスクのいずれかを、実際に動かせていたか。


契約は候補に入る資格であり、勉強会は信頼と機会をつくる接点です。
相手が動くのは、その手間を引き受けてでも得たいものが見えたときです。

なお、こうした営業を続けていくには、事務所側の体制も問われます。
最初の1件をどう取るかを設計できても、それを実行し、2件目・継続紹介へ進めていく仕組みがなければ、活動は個人の頑張りに依存してしまいます。
その点については、別の記事であらためて整理しています。

提携先の選定や、最初の1件をつくるための営業設計について整理したいことがございましたら、ご相談いただければと思います。


執筆者のご案内

川崎 啓
株式会社 Samika
代表取締役 川崎 啓

東証一部上場のコンサルティング会社にて15年勤務し、士業事務所の相続・生前対策分野に特化したコンサル部隊を立上げ、累計300事務所を超える相続マーケティング、業務生産性向上の支援実績がある。

現在は株式会社 Samika(サミカ)を2024年1月に創業し、「士業」×「相続」の分野で経営コンサルティングを行っている。また、士業事務所の相続分野におけるマーケティングを支援するLINE拡張システム「サズカルステップ」を開発、提供しており、利用事務所を増やしている。

「『相続で家族、社会が強くなる』を応援する」をミッションとして、相続分野に取り組む士業事務所の経営、マーケティング、業務DX化支援を行っている。

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