相続業界で、静かに構造変化が起きている
相続分野に取り組む士業事務所の経営者と話すと、「競合は同業他士業だ」という認識が多いように感じます。確かに、同じ地域で相続案件を取り合うライバルは気になります。しかし最近、注目すべき変化は別のところで起きています。
葬儀会社、銀行、保険会社、不動産会社──。これらの周辺業種が、相続という領域に明確な意図を持って入り込んできています。彼らは「専門家の仕事を奪う」ことを狙っているのではありません。その手前にある「顧客との接点」を取りにきているのです。
この変化が何を意味するのか。海外の事例を見ると、輪郭がはっきりしてきます。

事例① 終活プラットフォームが葬儀会社に買収された理由
アメリカに「Cake」というサービスがあります。終活・死後手続き領域で広く使われていたプラットフォームで、エンディングノートの作成支援、遺言や意思の整理、死後に必要な各種手続きまでをカバーしていました。
Cakeは、死を前にした人とその家族が最初に頼る場所として機能していました。「何をすればいいかわからない」という不安に応える入口として、多くのユーザーに利用されるサービスになっていたのです。
ところが、このCakeをアメリカの葬儀会社グループ「Foundation Partners Group」が買収しました。
なぜ葬儀会社が、終活プラットフォームを買収するのか。理由は明快です。Cakeには「死を意識し始めた段階のユーザー」が集まっていました。これは葬儀会社にとって、自社サービスの利用が発生するよりもずっと手前で顧客と接点を持てることを意味します。
優れたサービスでも、より大きな顧客接点を持つ業者に取り込まれる。この構造は、日本でも起きうることです。そして「終活の入口」を押さえた業者は、その後の手続きや専門家の紹介も含めてコントロールできる立場に立ちます。
事例② 資産管理会社(RIA)が相続を取り込んでいる
もう一つ、金融の側からの動きもあります。アメリカのRIA(Registered Investment Adviser=登録投資顧問業者、いわゆる独立系資産管理会社)は、顧客との長期的な関係を軸にビジネスを設計しています。
彼らのサービスは、資産運用だけにとどまりません。税務アドバイス、財産承継の設計、そして相続対策まで、一体的に提供するケースが一般的になっています。顧客の資産状況をリアルタイムで把握し、ライフイベントに合わせて提案を行う。これが彼らのモデルです。
この結果、相続という仕事は「独立した専門サービス」ではなく、資産管理という長期関係の一部として組み込まれています。顧客から見れば、相続の相談窓口はRIAであり、法的な手続きは必要に応じて専門家に外注される形になっています。
金融機関が顧客接点を握ることで、専門家はその顧客接点の下流に位置づけられる。このポジションが定着しつつあります。

異業種が「相続」に動く理由──集客と収益化、両方のうまみがある
士業の専門性が必要な手続きは外部に依頼しつつも、自社で対応できる範囲はそのまま取り込む。
死後の相続手続きでも士業事務所への紹介マージンを獲得しつつ、遺族との関係を維持することで次の葬儀予約にもつなげる。
顧客との長期接点を収益化する取り組みに、本格的に乗り出しています。
士業は「専門性が高い」からこそ、構造的なリスクがある
士業事務所の専門性は、疑いようがありません。相続登記、相続税申告、遺産分割協議書の作成
これらは専門家でなければできない仕事です。
しかし、専門性の高さとは別の問題があります。顧客接点が、案件単位で完結してしまう構造です。
多くの士業事務所では、相続案件は「相談を受けて、完了して、終わり」というサイクルで動いています。
顧客情報は事件ファイルに残りますが、その後に顧客の状況がどう変わったかを把握するしくみは整っていません。
顧客とのつながりは案件の終了とともに切れてしまいます。
この状態では、次の提案ができません。
二次相続が発生しても、顧客が別の窓口に相談に行ってしまうことがあります。
顧客が介護保険の手続きが必要な状態になっても、それを知るすべがありません。
結果として、集客はつねに「外からの流入」に依存することになります。紹介、広告、ホームページ。いずれも受け身の構造です。
顧客情報という資産を持ちながら、それを活かせていない状態が続いています。

主導権は「案件」ではなく、「顧客との継続的な関係」にあります
ここで、はっきり言います。
士業が主導権を持ち続けるためには、3つのことが必要です。
顧客情報を握ること。誰がどのような状況にあり、家族関係や資産状況はどうなっているのかを、事務所として継続的に管理すること。
提案を設計できる状態を作ること。顧客の変化に気づき、必要なタイミングで必要な提案ができるような体制を整えること。
顧客と継続的に繋がり続けること。案件が終わった後も、情報提供や定期的な接触を通じて関係を維持すること。
この3つができていれば、士業は「受け身で案件を待つ存在」ではなくなります。
顧客のライフイベントに先んじて動ける立場になれます。
主導権は「案件」ではなく、「顧客との継続的な関係」にあります。この認識を持てているかどうかで、今後の事務所経営は大きく変わってきます。
まず整えるべき2つのしくみ
では、具体的に何から手をつければいいか。大きく2つです。
① 顧客管理(CRM)の整備
相続案件の顧客情報を、案件終了後も事務所として一元管理できるしくみを作ります。氏名・家族構成・資産概況・対応履歴だけでなく、今後起こりうるライフイベント(二次相続の可能性、配偶者の年齢、子の状況など)も記録しておくことが重要です。
これがあれば、「今、この顧客に連絡すべきタイミングか」を判断できるようになります。顧客情報は事務所の資産です。それを活かせる形で蓄積していくことが、まず第一歩です。
② 継続接点のしくみ
案件終了後も、顧客との関係を切らないためのしくみが必要です。メルマガ、LINE、定期ニュースレターなど形はさまざまですが、「法律・税務の最新情報」「相続にまつわるトピック」などを定期的に届けることで、顧客の記憶の中に居続けることができます。
目的は売り込みではありません。顧客が「何かあったときにまず相談する先」として想起されること。そのポジションを築き続けることが、継続接点の本質です。

しくみが整うと、こう変わる
この2つのしくみが機能し始めると、事務所の動き方が変わってきます。
たとえば、「Aさんの配偶者がそろそろ80歳になる。二次相続の準備を案内してみよう」という動き方ができます。「先月相続登記を終えた方から、不動産売却の相談が入るかもしれない。資料を送っておこう」という先回りもできます。
提案が先手になると、顧客の信頼が深まります。そして信頼が深まると、「知り合いが相続で困っているんですが」という紹介が自然に生まれやすくなります。さらに、顧客に対して「税理士にも確認してもらうと安心です」といった形で、他の専門家への橋渡しも自然にできるようになります。
他業種を動かすことは、目的ではなく結果です。士業が顧客との関係を主体的に管理することで、周囲との連携も、紹介の流れも、自然と動いてきます。
まとめ:相続は「単発ビジネス」ではなくなっている
海外では、金融と葬儀が相続の顧客接点を前後から取りにきています。日本でも同様の動きは始まっています。相続を「案件ごとの仕事」として捉え続けると、この構造変化の中で埋没するリスクがあります。
主導権は、どの業種がより多く案件を処理したかではなく、誰が顧客と継続的な関係を持ち続けているかで決まります。
まず、自事務所の顧客情報の管理状況を見直してみてください。案件終了後の顧客と、今どれだけつながれているか。その問いへの答えが、次のアクションを決める出発点になります。

執筆者のご案内
代表取締役 川崎 啓
東証一部上場のコンサルティング会社にて15年勤務し、士業事務所の相続・生前対策分野に特化したコンサル部隊を立上げ、累計300事務所を超える相続マーケティング、業務生産性向上の支援実績がある。
現在は株式会社 Samika(サミカ)を2024年1月に創業し、「士業」×「相続」の分野で経営コンサルティングを行っている。また、士業事務所の相続分野におけるマーケティングを支援するLINE拡張システム「サズカルステップ」を開発、提供しており、利用事務所を増やしている。
「『相続で家族、社会が強くなる』を応援する」をミッションとして、相続分野に取り組む士業事務所の経営、マーケティング、業務DX化支援を行っている

