相続・生前対策・財産管理市場における変化を、士業事務所はどのように捉えるべきでしょうか。
競合の増加として警戒すべきなのか、それとも新たな連携の可能性として前向きに捉えるべきなのか。
相続市場で起きている構造変化を理解することで、その答えが見えてくるかもしれません。
終活企業が相続分野に参入する理由は、実はそれほど複雑ではありません。
相続市場には、比較的大きな経済価値が存在するからです。
弊社の支援先事務所のデータを見ると、相続関連業務の平均単価は決して低くありません。
例えば、相続登記の平均単価は約14.5万円、遺産整理業務では平均99.1万円という事例もあります。
さらに相続を起点として
- 不動産売却(仲介手数料)
- 資産整理
- 生前対策(遺言・家族信託など)
といった複数のサービスが連鎖的に発生するケースも少なくありません。
終活企業は、この「連鎖して生まれる価値」に着目しています。
例えば、ある終活サービス企業では、身元保証サービスを月額3,000円で提供しています。
契約者の平均継続期間は約5年とされ、その期間を通じて顧客との信頼関係が築かれます。
その結果、相続が発生した際には
- 相続手続きサポート
- 不動産売却の相談
といったサービスにつながるケースもあります。
顧客一人あたりのLTV(顧客生涯価値)で見ると、身元保証サービス単体では約18万円(3,000円×12ヶ月×5年)ですが、相続関連サービスまで含めると、200万円を超えるケースもあると言われています。
このような構造を考えると、終活企業にとって相続市場への参入は、自然な流れだったとも言えるでしょう。
終活企業の最大の強みは、「相続が発生する前から顧客と関係を築いている」という点にあります。
多くの士業事務所では、相続案件の獲得経路は次のようなパターンが中心です。
- 相続発生後の問い合わせ(ホームページ・広告など)
- 税理士や金融機関からの紹介
- 既存顧客からの紹介
つまり、相続という出来事が起きてから関係が始まるケースが多いのです。
一方で、終活企業の顧客接点は異なります。
例えば、
- 終活相談(60代後半〜)
- 身元保証契約(70代〜)
- 見守りサービス(75歳〜)
- 財産管理契約(認知症リスクが高まる80代〜)
といった形で、長い時間をかけて顧客と関係を築いていきます。
その過程で
- 家族構成
- 資産状況
- 健康状態
- 将来への不安
といった情報を継続的に把握することになります。
そして相続が発生した際、「まず相談する相手」として自然に選ばれる立場にあるのです。
実際、ある支援先事務所の分析では、「相続発生前から関係があった顧客」と「相続発生後に初めて接点を持った顧客」では、受任率に約20%の差があるというデータもあります。
すでに信頼関係が構築されている分、業務がスムーズに進む傾向があるためと考えられます。
この「時間軸の違い」は、相続市場の競争構造に大きな影響を与える可能性があります。
では、この構造変化の中で士業事務所は不利な立場に置かれているのでしょうか。
結論から言えば、必ずしもそうではありません。
むしろ、士業には終活企業にはない明確な強みがあります。
それは専門性と、公的資格に基づく信頼性です。
相続手続き、遺産分割協議、相続税申告、不動産登記などの業務には、法的知識と実務経験が不可欠です。
終活企業が顧客と長い関係を築いていたとしても、これらの専門業務を自社で完結させることはできません。
重要なのは、終活企業と同じ土俵で競争することではなく、士業ならではのポジションを確立することです。
例えば、次のような方向性が考えられます。
① 相続問題のトータルコーディネーターになること
相続は、法務・税務・不動産・金融といった複数の専門領域にまたがる問題です。士業事務所が各分野の専門家と連携し、顧客にとって最適な解決策を設計・提供する「ハブ」となることで、独自の価値を生み出すことができます。
② 終活企業との戦略的な連携
終活企業を単なる競合と考えるのではなく、むしろ連携先として捉えることも可能です。終活企業の顧客基盤と士業の専門性を組み合わせることで、双方にメリットのある関係を築ける可能性があります。
③ 生前対策サービスの強化
遺言書作成、家族信託、任意後見といった生前対策を入り口に、相続発生前から顧客と関係を築くことも有効です。
例えば、LINEなどを活用した継続フォローの仕組みを整えることで、長期的な関係構築につながるケースもあります。
実際、ある支援先事務所では、遺言書作成顧客への定期的な見直し提案を行うことで、5年間で約30%の顧客から追加業務を受任したという事例もあります。
終活企業の相続市場参入は、確かに競争環境の変化をもたらしています。
しかし、それは同時に、相続分野の市場規模が拡大し、社会的重要性が高まっていることの表れでもあります。
2025年には団塊の世代が後期高齢者となり、今後20年間で日本史上最大規模の相続が発生すると言われています。
この巨大な市場において、終活企業と士業事務所がそれぞれの強みを活かしながら顧客により良いサービスを提供していく。そうした建設的な関係性を築くことが、業界全体の発展にもつながるのではないでしょうか。
相続市場の構造変化は、士業事務所にとって単なる脅威ではありません。
自らのポジションを再定義し、新たな価値を生み出すチャンスでもあります。
この変化の波をどう乗りこなすか。
その戦略次第で、5年後、10年後の事務所の姿は大きく変わってくるはずです。

