相続分野に取り組む士業事務所の経営者と話をしていると、必ずと言っていいほど出てくるのが「集客」の話題です。
「Web広告の反響が思うように取れない」
「紹介件数が昨年より減っている」
「結局、新規集客を増やさないと売上目標が達成できない」
こうした悩みを持つ事務所は少なくありません。実際、多くの事務所が売上拡大の施策として真っ先に「集客強化」を挙げます。
もちろん、新規顧客の獲得は重要です。
しかしここで一度立ち止まって考えてみる必要があります。
なぜ士業事務所は、ここまで「集客」に依存する構造になってしまうのでしょうか。
そこには、士業ビジネス特有の構造的な課題があります。
多くの士業事務所では、顧客との関係は次のような流れで進みます。
相談
↓
手続き受任
↓
業務完了
↓
関係終了
つまり、案件が完了すると同時に顧客との関係も終わってしまうケースが多いのです。
この「単発型」のビジネスモデルでは、売上を維持するために常に新しい顧客を獲得し続ける必要があります。その結果、多くの事務所が次のような集客施策に注力することになります。
・SEO対策やリスティング広告
・相続セミナーの開催
・金融機関や不動産会社への営業
・紹介ネットワークの構築
しかし、この構造では集客が少しでも不安定になると、事務所全体の経営に大きな影響が出てしまいます。
例えば、ある支援先事務所では、主要な紹介元だった金融機関が自社グループの士業法人を設立したことで、紹介件数が大きく減少し、売上に影響が出たケースもありました。
一方で、相続という分野を俯瞰して見ると、本来は単発型のビジネスではないことがわかります。
相続は、複数のニーズが連鎖的に発生する分野です。
典型的な相続案件では、次のような流れが生まれることがあります。
- 相続登記・遺産分割協議
- 相続税申告
- 不動産の売却や活用の相談
- 預貯金・有価証券の手続き
- 二次相続対策
- 遺言書作成や生前贈与
支援先事務所の事例を分析すると、相続登記を受任した顧客の一定割合が、その後1年以内に不動産売却や二次相続対策の相談につながっているケースも見られます。
しかし多くの士業事務所では、最初の手続きが完了した段階で顧客との関係が途切れてしまいます。
本来つながるはずだった後続のニーズが、そのまま外部の不動産会社や金融機関に流れてしまうことも少なくありません。
これは非常にもったいない機会損失と言えるでしょう。
この構造を理解すると、なぜ終活関連企業や葬儀社が相続市場に参入してくるのかも見えてきます。
彼らは顧客との関係を「点」ではなく「線」で捉えています。
例えば終活企業では
- 終活相談
- 身元保証や見守りサービス
- 葬儀・お墓の相談
- 専門家と連携した相続手続きサポート
- 遺品整理や不動産処分
- 遺族の生活サポート
といった形で、生前から死後まで顧客との関係を継続しています。
月額サービスなどを通じて顧客との接点を維持し、その中で発生する様々なニーズに対応しているのです。
ここで重要なのは、士業事務所が終活企業と同じビジネスモデルを採用する必要はないということです。
士業には、他にはない明確な強みがあります。
・法的専門性
・国家資格による信頼性
・中立的な立場からのアドバイス
これらの強みを活かしながら、顧客との関係を継続する仕組みを構築することが重要です。
例えば
・相続手続き完了後のフォロー
・二次相続対策の提案
・不動産相談への対応
・生前対策のサポート
といった形で顧客との関係を継続できれば、一つの相談から生まれる価値は大きく変わってきます。
新規集客は確かに重要です。
しかし、それ以上に重要なのは
獲得した顧客との関係をどう発展させるか
という視点です。
新規顧客の獲得コストは年々上昇しています。一方で、既存顧客への追加サービス提供は、新規顧客を獲得するよりも効率的なケースが多いと言われています。
相続分野は、本来的に顧客のライフタイムバリュー(LTV)を高めやすい構造を持っています。
一度の相続手続きから始まった関係が
・二次相続対策
・生前贈与
・遺言書作成
・家族信託
といった複数のサービスにつながる可能性を持っているからです。
相続市場では今後も、終活企業、金融機関、不動産会社など、様々なプレイヤーが参入してくるでしょう。
その中で士業事務所が持続的に成長していくためには、「手続きの専門家」から「相続問題のトータルアドバイザー」へと役割を進化させていく必要があります。
そのために必要なのは、単に「集客を増やす」ことではなく、「顧客との関係を育てる」という視点です。
一人ひとりの顧客と長期的な信頼関係を築き、その家族や次世代まで含めたサポートを提供していく。
それが、これからの士業事務所に求められる姿ではないでしょうか。
「新規集客をどう増やすか」から
「既存顧客の価値をどう最大化するか」へ。
この視点の転換こそが、集客依存から脱却し、安定的な事務所経営を実現する第一歩になるはずです。

