これから事務所の開業を目指す司法書士の先生方の中で、特に相続や生前対策の領域に注力したいと考える先生方から、開業準備の段階でご相談をいただく機会が増えています。
皆さん熱量、志が非常に高く、ぜひ成功してもらいたいという想いです。
ただ、お話を伺っていると、「やりたいこと、取り組みたい業務」がある一方で、事務所経営を成立させるために必要な視点が不十分であることも少なくありません。
そこで本稿では、私が現場で繰り返しお伝えしている考え方を、なるべくシンプルにまとめておきたいと思います。
司法書士事務所経営 開業1年目に必要なこと
最初の1年で最も大事なのは、見込客を集客し、目の前の売上を作り、キャッシュフローを回すことです。これに尽きます。
どれだけブログ記事の作成やSNSでの発信になどに注力しても、集客に繋がらなければ意味がありません。
また、どれだけお問い合わせをいただいても、受任に至らなければ売上にはなりません。
さらに受任しても、入金までに時間がかかれば、その間の運転資金はかかり準備していた開業資金も溶けていくことになります。
よほどの自己資金や融資がない限り、ここで詰まると事務所経営そのものが立ち行かなくなります。
「集客 → 受任 → 入金」のサイクルが早い業務を選ぶ
だからこそ、まず開業初年度に取り組む業務は、「集客から入金までのサイクルが早いもの」を選ぶべきです。
相続分野で言えば、相続発生後の手続き――相続登記や遺産整理がこれに当たります。
すでに具体的な課題が発生していて、相談者の方も解決を急いでいる。だから相談から受任までが早く、業務の完了も比較的すぐに訪れます。結果として、入金までのサイクルも短い。
一方、生前対策はそうはいきません。任意後見も、死後事務委任も、遺言執行も、本人がご健在のうちは「いつか必要かもしれない」というレベルの関心事にとどまることが多く、相談から受任まで時間がかかります。
さらに遺言執行の場合、報酬の発生は本人がお亡くなりになり、執行業務が完了したタイミング――つまり契約から3年後、5年後、ときには10年以上先になることもあります。
ストック性のある事業として将来は素晴らしいですが、開業初年度のキャッシュフローという観点では、ほぼ寄与しないのです。
「集客 → 受任 → 入金」の発生装置を作る
ここで大事になるのが、「集客→受任→入金」のサイクルを、属人的な努力ではなく装置として持つという発想です。
装置として持てると、3つの大きなメリットが生まれます。
- 主導権が持てる――紹介や偶然の出会いに依存せず、自分の判断で売上をコントロールできる
- 計算できる――広告費にいくら使えば、何件の反響が来て、いくらの売上になるかが数値で見える
- 予測が立てられる――翌月、翌々月の売上見込みが立ち、人材採用や設備投資の判断ができる
開業1年目に作るべきは、まさにこの装置です。
自然に発生する反響を待つのではなく、広告費、営業活動などの労力を投資すれば集客、売上が出てくる「装置」を早く手に入れる。これが事務所経営の基盤になります。
では、この装置を具体的にどう作ればよいのか。その入口になるのが、次にお話しする集客の方法です。
装置を作るなら、まずBtoCダイレクトマーケティングから
装置を作る方法は大きく分けて2つあります。一般のお客様を直接集客するBtoCダイレクトマーケティングと、他業種からの紹介を獲得するBtoB連携です。
開業1年目に優先すべきは、BtoCダイレクトマーケティングです。理由は、「集客→売上装置」として早期から立ち上がること、そして数値で計算・予測できる(いくら投資すれば、どの程度反響になり、売上が見込めるか)ことにあります。
BtoB連携も大切な打ち手ですが、開業直後の事務所が紹介チャネルを開拓しようとすると、必ず壁にぶつかります。「先方にとって、うちの事務所と付き合うメリットがあるか」という壁です。
案件もまだない、強みも明確でない、紹介を返せるパイプラインもない。こういう状態で「ぜひ連携を」と提案しても、相手は動きません。
逆に言えば、後述しますが、自分の「集客→売上装置」でしっかり実績を積み、紹介できる案件を握れるようになると、BtoB連携は一気に進みます。順番が大事なのです。
「集客→売上→入金」装置をできる限り早く立ち上げ、精度を高める
BtoCダイレクトマーケティングのなかでも、私が現在お勧めしているのは「狭属性でエリア一番のWEBサイトを創ること」、具体的には、例えば、相続登記に特化したランディングページ(LP)を作り、Google広告で「相続登記」キーワードに絞って広告出稿することで集客する方法です。
数年前までは相続・生前対策全般を扱う総合サイトを運営するのが定石でしたが、競合も増えたいまは、より狭い属性、業務分野に絞り込まなければ勝てなくなってきています。
「相続登記LP」「相続放棄LP」というように業務領域とキーワードを絞ると、競合が同業の司法書士、全国対応のテック企業くらいに限定され、限られた予算でも採算が取りやすい。これがいまのセオリーです。
具体的な数値感で言えば、売上に占める販促費率は最大20%前後、つまり100万円の売上を創りたければ20万円を販促投資するといった形で、これはWEBマーケティングなどを始めに、ダイレクトマーケティングに共通する投資の考え方です。
「集客→売上装置」を育てるための投資は、できる限り早く、しっかり張ることが大事です。
中途半端な予算で様子を見ながら進めても、データが集まらず、改善判断もできないまま時間だけが過ぎていきます。
そして、これは時間との勝負でもあります。相続業界のWeb集客は年々競争が激化しており、後発になればなるほど、広告単価もLP制作の難易度も上がっていく。
一度シェアを取られると、後から同じキーワードで戦うのは簡単ではありません。
だからこそ、開業1年目のうちに、ホームページ制作にも、広告投資にも、思い切って投資し、計算できる「集客→売上装置」を作り切ってしまう判断が必要なのです。
装置ができれば、BtoB連携も、本当にやりたいことも進められる
装置が動き始め、自分の事務所で安定した実績ができてくると、見える景色が一変します。
まず、BtoB連携が一気に捗ります。「相続登記なら毎月◯件処理しています」「遺産整理の経験は◯件あります」と具体的に語れるようになると、税理士、金融機関、不動産会社、介護福祉関係者の見る目が変わります。
さらに、こちらから相続税申告案件などを紹介できる状態になっていれば、連携の話は加速度的に進みます。弱いタイミングで動いていたときには進まなかった話が、こちらの実績とギブが揃うことで前に進むようになる。これが「順番」の意味です。
そしてもう一つ、本当に取り組みたかったことに、ようやくリソースを振り向けられるようになります。生前対策の領域、地域の介護福祉関係者と連携した支援体制、おひとり様相続支援――こうした構想は、いずれもキャッシュフローが安定したうえで初めて、腰を据えて投資できる対象です。
装置ができていない状態でこれらに手を出しても、結局は中途半端なまま、目の前の売上にも追われ続けることになります。
逆に、装置がしっかり回っていれば、新しい挑戦に時間とコストを投じる経営判断が、自信を持ってできるようになります。
結びに
整理すると、開業1年目に向き合うべきことはシンプルです。
- キャッシュフローを回すことを最優先にする
- 「集客→受任→入金」のサイクルが早い業務を主軸にする(相続発生後手続き)
- BtoCダイレクトマーケティングで、売上発生装置を作る
- 装置を育てるための投資は、早く・しっかり張る
- 装置ができたら、BtoB連携や本当にやりたいことに進む
これは「やりたいことを諦めましょう」という話ではありません。やりたいことを長く続けるためにこそ、最初の1年は事務所経営の論理で動く必要がある、というお話です。
もしこのコラムが、これから開業を考えていらっしゃる先生の判断材料の一つになれば、嬉しい限りです。具体的なご相談ごとがあれば、いつでもお気軽にお声がけください。

