令和8年2月2日、所有不動産記録証明制度の運用が始まりました。この制度によって、相続人が被相続人の所有不動産を一覧で把握できるようになり、相続登記の実務は大きな転換点を迎えています。
士業、とくに司法書士の先生方は
「不動産調査が楽になった分、報酬は下げるべきなのか」
「相続登記業務の価値が下がるのではないか」
という不安を感じておられるかもしれません。
しかし、この制度変更は、相続登記のニーズが増加、反響獲得に繋がる可能性があることはもちろん、相続登記サポートの「意味・提供価値」そのものが再定義される好機ではないかと考えます。
本記事では、その視点から今後の業務設計とマーケティングのヒントを提示出来ればと思います。

今回の制度変更で何が変わるのか
相続不動産が「調べにくいもの」から「見えるもの」へ
従来、被相続人の所有不動産を把握するには、固定資産税の納税通知書、権利証、名寄帳などを手がかりに、複数の自治体に名寄帳を請求し、さらに法務局で登記情報を確認する――という多段階の調査が必要でした。
相続人にとって、この調査プロセスは「どこに何があるかわからない」という不安と負担の大きいものでした。司法書士にとっても、初動段階での調査設計と実行は、専門性と経験が問われる重要な業務でした。
所有不動産記録証明制度によって、この状況が一変します。相続人や被相続人本人が法務局に請求すれば、登記簿上に記録されている不動産の一覧が、一通の証明書として把握できるようになったのです。
ただし、この証明書は「検索条件の氏名・住所」に基づいて作成されるため、登記簿上の氏名や住所と一致しない不動産は抽出されないケースがあります。つまり、「全不動産が自動的に見える」という話ではなく、やはり専門家による見極め・補完が必要な部分も残っています。この点は、後述する司法書士の役割の重要性とも深く関わってきます。
変わったのは「調査の難易度」ではなく「顧客の期待」
この変化を「調査が楽になった」と捉えるのは、表面的な理解です。本質的に変わったのは、相続人が早期に全体像に近い情報を手にできるようになったことで生まれる、新たな期待と不安です。
「この不動産、全部相続登記しなきゃいけないの?」 「田舎の山林、どうすればいい?」 「売却すべき不動産はどれ?」 「国庫帰属制度って、この土地は使える?」
不動産の全体像が見えた瞬間、相続人には新たな判断と選択の課題が突きつけられます。そこで求められるのは、単なる「名義変更の実行」ではありません。

相続登記サポートの提供価値は本当に下がるのか?
「作業」の一部が簡略化されただけ
確かに、不動産調査の初動部分は制度によって効率化されました。しかし、司法書士が提供してきた価値の本質は、調査作業そのものではなく、その先にあります。
判断:どの不動産をどのように登記すべきか
取捨選択:相続登記すべきもの、売却・処分を検討すべきもの
設計:相続人の状況に応じた最適な手続きの組み立て
結果責任:法的リスクを見極め、適切な助言をする専門家としての責任
所有不動産記録証明制度は、むしろこれらの価値をより明確に浮かび上がらせる制度だと言えます。
「見える化」されたからこそ、専門家の役割が重要になる
不動産が一覧化されることで、相続人は「全体像」に近い情報を手にします。しかし、それは同時に「どうすべきか」という判断の負担も可視化されることを意味します。
相続登記が必要な不動産
売却・活用を検討すべき不動産
負動産として処分を検討すべき不動産
国庫帰属制度の対象になり得る不動産
これらを整理し、相続人の状況に応じて優先順位をつけ、実行可能な計画を示す――
この「交通整理」こそが、今後の相続登記サポートの中核的な価値になるのではないでしょうか。

今後、司法書士により求められる役割
「名義変更の実行者」から「伴走者」へ
これまでの相続登記業務は、相続人が「この不動産を登記したい」と決めた後に依頼を受けるケースが多かったかもしれません。しかし、所有不動産記録証明制度の導入後は、相続人が「全体像を把握した直後」に相談が来るケースが増えると予想されます。
つまり、判断の前段階から関与する機会が生まれるということです。
この段階での司法書士の役割は、単なる登記手続きの代行者ではなく、相続不動産全体を俯瞰し、相続人に寄り添いながら最適な選択肢を整理する「伴走者」です。
「交通整理役」としての専門性
例えば、所有不動産記録証明書を見ながら、次のような整理を相続人と共に行う場面を想像してください。
「この自宅と駐車場はまず相続登記を進めましょう」
「この山林は国庫帰属制度の対象になる可能性があります。条件を確認しましょう」
「この古家付き土地は、売却を前提に測量や境界確認を先行させた方がいいかもしれません」
こうした提案ができる司法書士は、相続人にとって「頼りになる専門家」として認識され、周知されます。
そして、これこそが今後の相続分野で選ばれ続けるための差別化ポイントになるはずです。

マーケティングへの活かし方:制度変更を「入口」に変える
この制度変更の本質的な機会は「生前側」にある
少し視点を変えて考えてみたいと思います。
相続登記の義務化と所有不動産記録証明制度は、同じ政府の政策の一体です。つまり「相続登記の問い合わせが増える」という環境は、政策的に整っている。しかし、相続が発生した後の顧客は「相続のこと自体がわからない」という状態で相談に来る方が多く、この点は制度変更があっても大きく変わらないと思います。
一方で、生前側には新たな動きが生まれるポテンシャルがあるのではないでしょうか。
この制度の請求者には、被相続人本人も含まれます。つまり「今の自分の不動産がどうなっているか」を、本人や家族が生前に把握しようとするきっかけが、初めて現実的になった。これまで「生前に相続調査を行う」というのは、はっきりした動機がないと難しかった。しかし、所有不動産記録証明書の取得は、比較的軽い動機で動けるものです。
つまり、以下のような発想の転換になるということです。
これまで:相続発生後 → 顧客が司法書士に相談に来る(受動)
今後の機会:生前 → 被相続人本人や家族が調査に動く → そこで事務所との接点が生まれる(能動)
所有不動産記録証明書の取得を「フロント(集客)商品」に
この視点を踏まえて、所有不動産記録証明書の取得代行を、低額または実費対応のフロント(集客)商品として位置づける考え方があります。対象としては、生前に「自分の不動産を把握しておこう」と考え始めた本人や、その家族が相談に来る場面を想定します。
「所有不動産記録証明書の取得代行:実費+手数料○○円」 「証明書取得+不動産整理の相談」
こうしたサービスを入口にすることで、相続発生前の早期段階で接点を作ることができます。そして、証明書の内容を一緒に確認する過程で、「その後」の提案へとつなげていくことが自然になります。
バックエンド(収益)商品への導線設計
フロント商品で獲得した顧客を、次のステップにどうつなげるかが重要です。
相続登記:名義変更が必要な不動産の登記業務
負動産処分:国庫帰属制度や相続土地国庫帰属法の活用支援
売却・利活用:不動産業者や税理士との連携による売却・活用支援
総合相続サポート:遺産分割協議書作成、預貯金解約など、相続手続き全体のサポート
所有不動産記録証明書の取得を起点に、相続人の状況に応じて最適なサービスを提案する――この導線設計がうまく機能すれば、単発の相続登記案件ではなく、継続的な関係性を築くことができるかもしれません。

この制度変更は司法書士にとって差別化のチャンス
相続登記の「意味」を再定義する機会
所有不動産記録証明制度の導入は、相続登記報酬を値下げする理由にはなりません。
この制度変更を「作業が楽になったから報酬を下げるべき」と捉えるのではなく、「相続登記サポートの意味を再定義する機会」と捉えることが、今後の相続業務を発展させる鍵になるでしょう。
選ばれ続けるために見直すべきこと
最後に、今後も相続分野で選ばれ続けるために、見直すべき3つのポイントを提示します。
1. 業務の見直し 相続登記を「依頼されたら実行する」業務から、「不動産全体を整理し、最適な選択肢を提案する」業務へ。
2. 提供価値の再定義 「登記手続きの代行」ではなく、「相続不動産に関する判断と設計の伴走者」としての価値を明確に。
3. マーケティングの再設計 制度変更を入口に、早期接点の獲得と継続的な関係構築を意識した導線を。
所有不動産記録証明制度は、相続登記業務を縮小させるものではなく、司法書士の役割をより本質的なものへと進化させるチャンスです。
この変化を前向きに捉え、「調査が楽になった分、何を提供すべきか」を改めて考えることが、今後の相続業務の成長につながるのではないでしょうか。

