2025年1月、NTTデータ関西が「相続非対面受付サービス『TSUGI+』」の提供開始を発表しました。相続人が複数の金融機関への相続手続きを、オンラインで一括申請できるクラウド型の共同プラットフォームです。2026年4月からの提供開始が予定され、既にふくおかフィナンシャルグループ傘下の4行が利用を表明しています。
これは一つの象徴的な動きですが、業界全体を見渡せば、金融機関における相続手続きのデジタル化は急速に進んでいます。書類の進捗管理をオンラインで完結できる基盤や、相続届の電子化など、相続手続きDXは着実に現実のものになりつつあります。
こうした動きを前に「遺産整理業務はなくなるのか」という問いが、相続分野に注力する司法書士、行政書士など士業事務所のご支援先やお付き合い事務所様から聞かれるようになりました。
結論から言えば、遺産整理業務そのものが消えるわけではないと考えています。ただし、何に価値がつき、何に価格がつかなくなるのか——その境界線は、これまで以上に鮮明になっていきます。

代替される領域:「事務処理」としての遺産整理
相続手続きDXが最も影響を与えるのは、以下のような領域です。
預貯金口座の名義変更・解約手続き
各金融機関への書類提出と取りまとめ
進捗確認・連絡調整
必要書類のチェックと不備対応
これらは従来、士業事務所が「遺産整理業務」の一環として担ってきた業務です。しかし、オンライン化が進めば、相続人自身、あるいは金融機関側のシステムが担える範囲が格段に広がります。
つまり、工数をベースにした価値設定が成立しなくなるということです。
「手続きを代行する」ことに対して報酬を得る構造は、今後急速に縮小していくでしょう。これは「仕事が消える」のではなく、「値段がつかなくなる領域」が切り分けられていくという現象です。
士業にしか担えない「遺産承継」の価値
では、士業事務所が提供すべき価値はどこにあるのか。
それは「遺産整理」ではなく、「遺産承継・財産分配分配」の設計です。
遺産承継とは、単なる名義変更ではありません。相続人それぞれに、どの財産をどのように引き継がせるか——その方針を整理し、実現可能な形で設計する仕事です。
具体的には、以下のような場面で専門性が問われます。
不動産を含む分配設計
「誰が何を引き継ぐか」は、単純に法定相続分で割り切れるものではありません。不動産の所在、相続人の居住状況、将来的な管理負担を踏まえた分配が必要です。換価・共有・代償の判断
不動産を売却して現金で分けるのか、共有名義にするのか、特定の相続人が取得して代償金を支払うのか。それぞれの選択肢にはメリット・デメリットがあり、相続人の状況に応じた判断が求められます。二次相続を見据えた承継設計
配偶者の税額軽減を最大限活用するか、あえて子に多く分配するか。この判断ひとつで、次の相続における税負担は大きく変わります。相続人間の感情・利害の調整
法律的には可能でも、感情的に受け入れられない分配案では実現しません。相続人それぞれの立場を理解し、納得感のある着地点を探る——ここには、経験と専門知識に裏打ちされた調整力が不可欠です。
これらは、システムでは代替できない「思考・設計・調整」の領域です。

遺産整理業務の再定義——「一括代行」から「承継デザイン」へ
今後、士業事務所における遺産整理業務は、その定義そのものが変わっていくでしょう。
従来の「一括代行」は、すべての手続きを事務所が引き受ける構造でした。しかし、事務処理部分の価値が下がる中で、この構造を維持するのは困難です。
代わりに求められるのは、「承継デザイン」と「プロジェクトマネジメント型業務」です。
つまり、士業は「実務をこなす存在」ではなく、「承継全体を設計し、管理する存在」へと役割を転換していく必要があります。
具体的には、以下のような業務イメージになるでしょう。
相続財産全体を把握し、分配方針を提案する
不動産・金融資産・負債を含めた最適な承継設計を行う
必要に応じて税理士・不動産業者・金融機関と連携し、全体をコーディネートする
事務処理はDXツールや金融機関の仕組みを活用し、効率化する
入口の無料化が進むほど、設計の価値は上がる
皮肉なことに、相続手続きの入口が無料化・効率化されるほど、設計・判断・合意形成の価値は相対的に上がります。
誰でもできることが無料に近づけば、専門家にしかできないことの価値が際立つ——これは、あらゆる専門職が経験してきた構造変化と同じです。
士業事務所にとって重要なのは、遺産整理業務を「工数商品」から「思考・設計商品」へと再構築することです。
それは、報酬体系の見直しでもあり、提案内容の再設計でもあり、事務所としての役割認識の転換でもあります。
DXは脅威ではなく、本来の専門性が問われるフェーズ
相続手続きDXの進展は、士業事務所にとって脅威なのか。
答えは「No」です。
むしろ、本来の専門性が問われるフェーズに入ったと捉えるべきでしょう。
事務処理という「誰でもできる部分」が効率化されることで、士業にしか担えない「思考・設計・調整」の価値が明確になります。この変化を受け入れ、自事務所の提供価値を再定義できるかどうか——それが、今後の分岐点になるはずです。


