相続・財産管理分野の15年間の変遷と今後の展望

2025.09.10 10:58

はじめに

弊社代表の川崎は前職のコンサルティング会社に新卒で入社して以来、司法書士、弁護士、税理士、行政書士などの士業事務所の経営支援を行ってきました。
その中でも特に司法書士業界の相続財産管理分野に注力する事務所の経営支援からスタートし、士業全体の相続マーケティングに約15年間携わってきたため、相続分野のマーケティング黎明期からこれまでの流れを研究し、経営支援を行ってまいりました。

今後の相続や財産管理分野の市場動向を予測するためにも、ここ15年程度での相続・財産管理分野を振り返り、この市場の変化やプレイヤーの取り組み内容の変遷を整理してみたいと思います。

相続分野への士業参入の初期段階

相続分野に士業が参入し始めた当初、業種別に見ると税理士よりも司法書士や行政書士の参入が目立っていました。

税理士については、相続税申告に取り組む一部の税理士法人が存在したものの、ほとんどの事務所は会計顧問業務などの既存業務に注力しており、相続分野にはそれほど力を入れていませんでした。

一方、司法書士事務所においても、債務整理などバブル化していた一部の市場が存在していましたが、不動産の取り扱いという観点から相続に関する不動産登記業務に関わる事務所がほとんどでした。ただし、相続を中心としたマーケティングを本格的に行う事務所はまだそれほど多くありませんでした。


相続分野での成功要因:遺産承継業務の確立


司法書士や行政書士など、相続発生後の手続きをメインとする士業事務所が相続分野で成功できるようになった大きな要因は、遺産承継業務として高単価を実現できる商品パッケージが確立されたことです。
「」などの団体が率先してこの取り組みをリードし推進してくれました。

それまでは相続登記何件、相続放棄何件といった10万円単位での顧客単価を数多く集めるスタイルが一般的でしたが、高単価の遺産承継業務を受注できるようになったことで、相続分野で売上と利益を上げる事が出来る事務所、マーケティングにも積極的な投資を行う事務所が増加していきました。

集客戦略の進化:ダイレクトマーケティングから業務提携へ

初期の集客手法


集客面においては、Webマーケティングやセミナー、相談会などのダイレクトマーケティングを行う事務所がほとんどでした。とはいえ、セミナー相談会などの取り組みも全国的には非常に少なく、コンサルティングクライアント先である事務所様のみで行う取組み程度だったと思います。

さらに、その取り組みも集客数、受任数ともに安定しているとは言えず、遺産整理などの単価が高い業務が受任できない場合には、赤字になることも少なくないという状況で、セミナー相談会を行っていた事務所も数回成果が出ないと辞めてしまうという形でした。


先進的な事務所の取り組み


より先進的な事務所は、相続発生時点での見込み客との接点を持つ業種との提携により、安定的な紹介を得る仕組みを構築していました。

具体的には、大手の葬儀社などと連携し、葬儀後のアフターサポートとして相続手続きの無料相談を推進してもらい、葬儀社経由で相続手続き・遺産承継の見込み顧客を紹介してもらう形で事業を展開し、急成長を遂げることになります。


業種別の成長パターン

税理士法人の取り組み


相続分野で成長していた税理士法人は数事務所程度で、基本的にはWebマーケティングなどのダイレクトマーケティングを中心に集客を行っていました。また、金融機関や保険会社などと連携することで、富裕層の顧客や相続税申告が必要な見込み客を紹介してもらうという手法を採用していました。


地方市場での成功モデル


相続業務に取り組む税理士法人の中でも、特に地方市場で運営している法人では、グループ内に行政書士法人を設け、相続税申告業務は税理士が対応し、その他の名義変更などの相続手続き業務を行政書士が対応するという業務体制を構築し、成功する事務所が出てきました。

地方市場では相続税申告が必要な資産を持った方々の割合がそれほど高くないため、幅広い相続関連のニーズに対応するためには、税理士ではなく行政書士や司法書士などの相続手続きをメインに行う業種の方が適しています。

ワンストップ対応することで顧客獲得とマーケットサイズの拡大が可能になります。

さらに、行政書士などの相続手続き顧客から相続税申告の顧客を獲得するという好循環も生まれるため、特に地方市場で相続分野での成長を目指すには、行政書士部隊の設置などの取り組みが不可欠となっています。


司法書士・行政書士の戦略


司法書士や一部の行政書士の多くが、全国展開をする葬儀社と業務提携を行い、葬儀後のアフターサポートとして相続手続きや遺産承継業務の無料相談および対応を行うという形で、安定的な集客を実現していました。


大型法人による差別化戦略


相続手続きを扱う大型法人は、案件数を増やすことで人員体制を整備し、生産性向上を図ることで、中堅事務所以下の事務所とのサービスレベルや品質面での差別化を推進するようになっていました。


業務分野別の取組み変遷

家族信託の動向と課題


家族信託に関する法制度の変更により、司法書士を中心としたプレイヤーが一気に増加しました。

ダイレクトマーケティングでセミナーやWebマーケティングなどを展開する事務所や、連携する不動産会社と協力して不動産オーナーに対して家族信託を提案する事務所、金融商品を販売したい金融機関などと連携して資産家に対して家族信託を提案する事務所など、成功している例も見られます。

しかし、ほとんどの司法書士などの士業事務所において、家族信託によって大きく事務所が成長したという話はあまり聞かれません。
業界内で有名な事務所も、それらの事務所代表者に聞けば、家族信託としての売上よりも、不動産登記、相続手続での売り上げの方が大きいというのが実態であると教えていただきました。

法的な側面や商品のパッケージ化手法なども定まっていない状況であるため、司法書士などの士業事務所が注力するに値するほど市場が成熟しているとはまだ言えない状況です。


生前対策・財産管理業務の現状


遺言書作成、死後事務、成年後見などの生前対策や財産管理業務においては、メインとなるプレイヤーが存在しない状況で、市場が十分に成熟していません。

相続手続きなどの相続発生後案件と比較すると、顧客の性質上、顧客のニーズが顕在化しており、「自分で行うか他社に依頼するか」という絞られた選択肢であるため、仕事になりやすく売上につながりやすいという特徴があります。

一方、生前対策・財産管理業務はニーズが比較的潜在的で、すぐに仕事になるものではありません。
見込み客として集客した顧客も、知識習得・学習中などのフェーズにある顧客が多く、仕事にしづらいということから、それほど注力できていないのが現状ではないでしょうか。


成年後見業務の課題


成年後見業務においても制度変更などがあり、より後見を活用しやすい状況に制度が改善されてきているものの、司法書士や行政書士、弁護士などを中心としたプレイヤー側の増加は見られません。

高齢者や成年後見を必要とする人の数は増加しているものの、担い手となる事務所のほとんどが資格者個人で対応していたり、司法書士であれば不動産登記・決済業務や相続業務などを本業として、成年後見業務を本格的に行っていない状況です。

一部の資格者が成年後見業務の担い手となっているものの、そういった事務所も組織的に対応できていないため、キャパシティが限られています。

成年後見業務の報酬自体がそれほど高くないため、成年後見業務に取り組む事務所が増えず、参入しにくく、そのメリットを感じにくいという側面も一因として考えられます。


Webマーケティング競争の激化

相続手続き分野を対象としたWebマーケティングは、十数年前においては司法書士や行政書士などの成果が高い時期がありました。
しかし、税理士が本格的に相続税申告の市場に参入してくるようになって一気に税理士のシェアが上昇し、司法書士・行政書士などはWebマーケティングで成果を上げにくくなりました。

さらに最近では、広告運用会社などによる相続ポータルサイトや、資本力のある不動産会社・金融機関などの業種が本格的に相続分野に参入してきており、相続Webマーケティングは競争が激化しています。

以前に比べて相続案件のWeb集客効果が低下したのは上記のような背景があるためです。
したがって、各業種において独占領域となる業務に絞ってページ強化・リスティング広告運用などに取り組むといった、選択と集中をより強化していく必要があります。


業務処理体制の変化と生産性向上


相続手続き業務の処理面においては、ここ数年で資格者に依存する業務処理体制から、パート・アルバイト職のスタッフの業務処理比率が高くなっている士業法人が増加している傾向にあります。

そのためには業務工程を細分化し、経験が浅く相続に関する知識がないスタッフでも早期に業務を習得し、活躍できるような教育プログラムを構築することで、スタッフの個人能力に依存することなく即戦力化できる体制づくりが重要です。


また、AI・OCRなどのシステムを活用することで文字認識・入力などの単純作業をシステムに任せるなど、生産性向上に取り組み成果を上げる事務所も増えてきています。


まとめ


相続・財産管理分野は、この15年間で大きな変化を遂げてきました。士業各業種の参入から始まり、商品パッケージの高度化、集客手法の進化、業務処理体制の効率化まで、様々な側面で市場が成熟してきています。

今後もテクノロジーの活用や業務提携の深化、さらなる専門領域への特化など、継続的な進化が求められる分野であり続けるでしょう。
各事務所には、市場の変化に対応しつつ、自社の強みを活かした戦略的な取り組みが求められています。


執筆者のご案内

株式会社 Samika 
代表取締役 川崎 啓

東証一部上場のコンサルティング会社にて15年勤務し、士業事務所の相続・生前対策分野に特化したコンサル部隊を立上げ、累計300事務所を超える相続マーケティング、業務生産性向上の支援実績がある。

現在は株式会社 Samika(サミカ)を2024年1月に創業し、「士業」×「相続」の分野で経営コンサルティングを行っている。また、士業事務所の相続分野におけるマーケティングを支援するLINE拡張システム「サズカルステップ」を開発、提供しており、利用事務所を増やしている。

「『相続で家族、社会が強くなる』を応援する」をミッションとして、相続分野に取り組む士業事務所の経営、マーケティング、業務DX化支援を行っている。